記述日:1月20日
2015年の安保法制以来、日本共産党は「違憲の安保法制廃止」を中心とした一点共闘で他の野党と組み、自民党の悪政の横行を一定程度食い止めてきました。政権こそ自民党が握ったままですが、その暴走を批判し近年の選挙では自民党の勢力を削ぐ役割を果たしてきました。その受け皿がより右派である維新や参政党に向かっていることは残念ですが「悪政を許さない」という取り組みが一定の結果を出していることは事実です。
しかし、この共闘も今、不穏な動きを見せています。
「共産党の力は借りるが、その政策は実現したくない」
あるいは
「共産党が枠組みにいること自体を好ましくない」
と考える人たちがいる。こうした姿勢が、かえって参政党などの台頭を許す要因にもなっています。
野党第一党が腹を固めてくれれば良かったのですが、政治的な力学が働かずに時間が経過した結果、今回の「立憲民主党と公明党の合同協力」という事態に至りました。公明党がこれまでの自公政権での行いを総括して離脱するならまだしも不十分なまま立憲と組んだ以上、日本共産党などが協力する余地はなくなったと考えます。
今の高市政権の支持率が非常に高く推移しているため、危機感を持った人々が「とりあえずの道」としてこの中道政治連盟に活路を見出し、日本共産党にもその傘下に収まるよう求める声があります。中には「中道に合流できないのはわかるが、とにかく候補者を一本化しろ」と迫る人も。
かつて、私はこの種の「一本化強要論」に激しく抵抗してきましたが、今また似たような言説が続いていることに強い不快感を覚えます。そもそも無条件の一本化では力が削がれると考えたからこそ「一点で共闘できる道」を明確に作ってきたはずです。それを無視して「第一党に票を集めろ、さもなくば利敵行為だ」と迫る行為は不誠実。
今の私にはかつてのような激しい議論を戦わせる体力は残っていませんが、一本化強要論は過去に「命の危険にさらされても反対した」譲れない一線があります。それを承知でなお「譲れ」という人たちとは、道を共にすることはできません。
一方で、これまで協力関係にあった人々とのつながりは維持しながら、独自の存在意義を保って戦い抜くつもりです。これから先、おそらくは心ない言葉も投げかけられるでしょうが、それをスルーしつつ、確かな意思を持つ日本共産党や左翼的人権主義勢力が力を保てるよう、この政治戦を戦っていこうと考えています。
