つなげ“希”動力-人生記録員、伊東勉のページ。

17年9月移籍、社会活動中心の記事を記していきます。

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東京五輪競技開始にあたり。

 東京オリンピックの競技は21日から始まりますが、私にとっては「楽しみ」と言えるものは何もありません。

 社会で生きていかなければならないということを考えて、以下に書く性格は抑えていますが、どうにも「当たり前、という言葉を使った同調圧力」が好きでありません。特に利己的な物事を圧しつけるために、その言葉を使うのが納得できないものがありまして。

 別な箇所からも。オリンピックなど日本代表による国際試合に「過剰な愛国心のかきたてと、一体としての近隣他者への罵声」がついて回るようになり、数年前から楽しんで見たことはありません。

 さらに「オリンピック」を理由としての(医療など)市民生活の不利益おっかぶせ、五輪首脳による尊厳を欠いた行動。以上のことが重なり、私個人としては東京オリンピックについて一切考えないことにしました。気を回す余裕がないのもありますが。

 私自身の感情は以上の通りですが、拙稿目にされた皆様には、賛否を越えて「オリンピックを反対する人が提示した疑問点」も片隅に置いてオリンピック期間を過ごしていただければ、と思います。

東京都議選―「要求実現の推進力」を投票行動に表す意味を考えましょ。

 7月第一週についてのお題3つのうち、東京都議選について触れて来ず、二週間遅れの記述になりました。

1)最推薦勢力の日本共産党が19人の当選。これまで都議選で2回連続で伸長するも、逆襲食うパターンがありましたが、今回はこれまで培った市民・野党共闘の力も加わって共産党19議席当選+協力した勢力も今まで以上の議席を得て、都議会で市民的な立ち位置で臨むという勢力が1/6から1/4と、力を取り戻す結果になりました。

 他の2勢力―自民・公明ブロック、都民ファーストの会ブロックにしても新自由主義的な性格。本当の意味で市民都民が温まる政治をというのを行っていく力をつけたいと思う次第です。

2)選挙の論壇で「ん」と思われたのが「大丈夫論」。批判はカウンターを当てていけばいいわけですが、「大丈夫論」は…端的に言えば「褒め殺し」ですか。だけども、「一票」という実利は持って行く。これはしんどいものです。

 選挙戦の最中に「大丈夫論」であわや全滅の憂き目にあった2019年岩手県議選の経験をひいて警告を出した人もいましたが、それが間に合わず6票差で当選に届かなかった候補者もいたのが残念でした。声をかけ切る、ということが単純だけどどれほど重要なことか。なかなか力を持つことができずに「戦略的思考」にハマる人も多々見られますが、想いを届け切る ことを基本にしてやらないと、その意志を示す勢いがつかないというのを感じさせられました。

3)今年中には総選挙があります。安倍・菅政権による『市民に負担を被せ自分たちは社会の私物化で益を得る』いう政治を変えていく戦いがこれからも必要です。乗り越えなきゃなんないことはありますが、宿題出されたらクリアする、で頑張っていきましょ。

 おつき合いありがとうございました。

声明―名古屋で開催中の「表現の不自由展」に対する攻撃を許さない。

1)名古屋で開催されている「表現の不自由展」会場に爆竹入りの郵便物が送られ炸裂。展示開催不可能に追い込まれました。有形の形で攻撃をする行為で、「たかが爆竹」で済ますことはできない。この行為に強力に抗議する。

2)「表現の不自由展」は、今夏ほかに2ヶ所で開催予定だったが、東京開催は民営のスタジオ会場前で抗議の域を越えた妨害行為が行なわれ、大阪開催も妨害に加え、極右勢力に親和性のある首長に影響され会場利用ができなくなってしまった。

 その中で唯一開催にこぎ着けた名古屋開催でこのような攻撃をされたことは重大で、これを看過するなら「ある勢力は実力を持って存在を消去しても構わない」社会への変貌を許してしまう。

3)近年、濃くさせられてきた対韓国、対中国、対野党・左翼に対する「反日」視。この立ち位置にいれば“ウケる”と考える権力者、あるいは誘引する権力者によるすり寄りと併せて「攻撃しても構わない」障壁は限りなく低くなっている。

 これを考慮すれば、障壁突破されたらどんな惨劇が起こるか。

 「人間の脆さ」を認識するなら、無条件にこのテロを許さず、その方向で権力者に対応させることが必要であることを述べ、意思を表明します。。

            伊東  勉

母の一周忌と周りの人間模様、そして見習いたいこと。【7月第一週日和・1 3媒体共通記事】

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 7月5日にかかる行事は、私のプライベート、社会人野球、社会活動…何れにしても大事で、重要なものでした。それぞれを中途半端に書くわけにいかないので、母の一周忌→社会人野球→社会活動と順次記していきます。「一周忌」については3媒体共通、社会人野球「三陸沿岸クラブ大会」と社会活動「東京都議選」はそれぞれのブログで今週中に記します。


1)7月5日は母が旅立ってから1年の日。それに関して直接思いつくことは1年前に書き切ったので加えるものはありません。改めて、「してやれることは十分にして送り出した」と思っています。
 それでも悔いがあるとすれば、一般的な同年代のように生きて、心配事をも全くなく送り出したかったのですが…それが無理なのは兄も含めた家族内での共通認識。そうであるなら、せっかくこの世に受けた生を正々堂々と全うすることが俺の人生の役割、と強がり言って生きていくことにしています。
2)この1年間で、栃木の親戚、中学の同級生、気のいい農業従事者、厳しくも茶目っ気あったおじさん…など、周りの人も何人かなくなられました。今日新聞の集金で伺った家でも、読者の方のご子息が急逝。伺った際にお悔やみを申し上げ、なんぼか話をしましたが「順番から行けば俺だよ。なんで息子の方が…」、と悔しそうに話しておられました。配達する時に時々話できるようになったなと思ったら突然の別れ。そのご家族の方の悔しさ、いかばかりでしょうか。
 人生時々そういう不条理に出くわして、何度その不条理に対してわけのわからない怒りがこみ上げて壁を叩いてきたか。そして、10年前、12年前に自分がいなくなっていたら、そういう悔しさを母や兄、父(12年前のみ)に味あわせてしまったんだなって事を考えると、「いなくならなくてよかった」と思います。
3)MLBでオールスター出場決めた菊池雄星さん。菊池さんのお父さんは「普段は鷹揚に接するけど、命に関わる重要な時には毅然とした態度をとっていた」という話を聞きました。菊池さんのお父さんと同列で語るのもおこがましいのですが、母は「普段はのほほんとしているが“一歩も引けない”ときは厳しい態度を取る」人でした。言い換えれば、最低限のラインでは「バカ力」出す人だった。出来の悪い息子ではありましたが、その重要な部分云々でこらえられるようにこれからも頑張って生きていきます。

PS1 いつも家族親戚筋で多人数移動する時は兄貴が運転しますが、今回は体力温存ということで私が運転。まあなんとか無事に送り迎えできたことに安堵しています。
PS2 熱海の土砂災害。夏を前後して強力な天気変動で、多大なダメージを受ける状態が増えました。難儀する人を少なくできるように…と動きます。

記事製作は火曜以降に。

野球で三陸沿岸クラブ大会、
社会活動で東京都議選
そして母が旅立って1年。

どれも大事でてんてこまいで、記事を書く時間が月曜日の夜まで作れません。記事制作は火曜日からになりそうです。

東京都議選2021・投開票日前日にあたり―社会破壊を止めるための行動を。

 7月4日は東京都議選(2021)の投票日となります。拙稿では市民・住民の暮らしやコロナ対策を圧迫するオリンピックを止め、今必要な施策に 力を注く…という趣旨で日本共産党、あるいはそういう政策に目を向けてくれる野党共闘候補を最推薦にしています。

1)ここ2回の選挙で議席を伸ばしてはいますが、伸びたら伸びたで今度は「安定した票があるんでしょ。それを共闘勢力によこしてくださいよ」と言い出す人が出てきました。「戦略的投票で力の最大化を」とか。

 共産党…確かに日常的な組織を持っていますね。いますが、その「安定した票」とやらは、政治戦が始ってゼロから有権者に働きかけて得るもので、お願いします→はいどうぞ、で基礎票とやらを差し出すわけじゃないんです。

 その時々に出てくる問題点など語り合ってその中で「はいそうですか」と納得してもらう。「自動的に」なんざない。毎回毎回「掘り起こし」をしているようなものです。だから約束ごとがない限りは戦略的な行動はしないしできない。そこの部分を勘違いしてもらうと困ります。ましてや己の勢力のためだけに「ひっぺがす」というのはもはや問題外です。

 今まで何回そのやり方で共闘しよう、という空気を壊されてきたことか。その部分は考えて欲しいです。

2)この政治戦期間中にも、政府与党あるいは新自由主義者による社会破壊は進められました。

 今日に至っては元総理大臣の安倍晋三が「オリンピックに反対するのは反日だ」と。擁護者が何か言い訳していますが、そんなの通用しません。何がどうあろうが「オリンピック反対するやつ=共産党朝日新聞といった反日勢力=反日と思われたくなければ自分たちにひざまつけ」の同調圧力までがこの意見の肝。

 肝どころか気持ち悪いです。

3)「社会の私物化」

 安倍政権に対しての批判はこの言葉に凝縮されますが、先の言葉はそれを見事なまでに表したものじゃないですか。

 その想いは伝染する。

 大阪府議会の定数削減。定数を減らすとしている区は、維新以外の戦力が割を食う可能性の高い区ばかり。ここでも「自分以外は敵」。「他に存在するもの」ですらなく「殲滅すべき敵」と考える。この思考回路が大手を振り、社会を蝕んでいるのがなんともしんどいです。

 これ以上の社会破壊・私物化を許さず、市民生活のケアに政治の目を向けさせる。その辺に力を尽くす議員を一人でも送り出す取り組みをし続けていきます。おつき合い頂きありがとうございました。

東京都議選―触れる理由/日本共産党への投票ご考慮を。

 目下行われている東京都議選。第一義的には「東京都に住む人の生活・社会をどう作っていくか」ですが、それは多くの皆様が書かれているので私からは別角度で。

 他所の自治体でいい政策が出れば、自分の所にも「良い部分は真似するべ」っていう思いやキッカケも生まれます。そういう意味で、どこの政治戦(選挙戦)でも“共通して実現してほしいこと”―例えば自分だったら「社会生活を営む人へのケアを手厚くしてほしい」というものを望むわけで、含めてそういう視点で色々回っている宣伝物何か見ていただければと。

 今では動画も当たり前に作られる時代になり、進化のスピードが早すぎてついていくのに難儀していますが、その新しい基軸見ていただければなと思っています。最推薦の日本共産党は都議選31選挙区で立候補しています。くらしに政治の目を向けさせる、もはや意義を失った五輪は中止に…思いを投票という形で示していただければ、と願うものです。

何十年も続いた「富裕層優遇、市民から収奪」政治、転換しましょ。

 曲がりなりに30年近く社会活動をやっていると、「どういうふうに社会が転がってきたか」というのを思い起こす場面とがあります。
 コビッド19・コロナの影響で旅路に出なくなりましたが、旅路に出ていた頃は一回の食費を500円で計算していました。しかし…19年あたりから500円では賄えず。必要な栄養分維持しよう思ったら700円出さないと賄えない。
 物価は上がっている一方で、一般的労働者の収入は下がっているわけでしょ。そういう状態のところに、税・国保負担は重くなっている。富裕層の同負担は軽くなり、内部留保を溜め込む。
 以上踏まえて、社会がどういう方向へ進んできたか。
 私は「富裕層といわれる者が良い目を見て、その他多くの労働者・生活者・中小規模経営者は難儀させられている、というふうに見ています。
 これを正すには「超」いわれる富裕層の方々にはその利潤から適切な負担をしていただく―利潤得るために社会インフラ・リソース言われるもの使っている以上“嫌”言うのは身勝手ですよ―、一方で負担に耐え切れない住民・市民には、これまで積み重なってきてしまった“ゆるぐなさ”を解消する政策を打って、ケアに手厚い社会をつくる。
 それこそが、いま必要な施策ではないでしょうか。

 時々に行われる政治戦―平たく言えば選挙―、一つ一つの結果、投票でそういう意思を押し出していく。一番近くで衆目集まるのは東京都議選。「よその自治体」ではなく、それぞれの箇所でメッセージを示すことで、社会的ケアに厚い社会を実現する。その視点で歩いていきます。

「共闘論」。何故できるようになったかの要因も見ずに我田引水図る方に。

 17日夕方のニュース。枝野立憲民主党党首の連合集会出席時の発言がニュースになっています。焦点は「共産党との連立の可否」。「共産党とは立場が異なる政党で連合政権は組まない」というところだけ大きくクローズアップ。

 枝野さんの言い方に様々な感情を持ちますが置きます。色々整理して考える必要があるから。

 ひとつ。「完全絶縁」言った訳じゃない。

 ひとつ。NHKや産経の書きぶりは「離間」を狙ったものなんでしょう。

 何言われようが、約束事をもとに共闘を進めていくいう根幹を崩さないで対応するのが肝心。

 そして。

 今の共闘路線出てから約6年なろうとしていますが、以前のままの「野党第一党(今回は立憲民主党)にだけ力を集めて、他はは黙ってそれに従え、という路線でモノを語る人がいる。以前拙稿で批判した山中健司(Twitterアカウント @yamanakenji)が代表例。「政党の一支持者の発言に目くじら立てんな」という意見もありましょうが、これまで幾度そういう思考回路に踏まれてきたか。

 山中の論だてでもうひとつ間違ってるのは「今までの実績のみ」でしかものを語らないこと。新しい可能性を手繰る方策を示さないで「野党第一党に力を集める」は違うのではないですか。

 共産党の議員は端から注目されたなんて人はまずいなくて、選挙区であれ比例区であれ、それぞれの活動の中で盛り上げて存在感をつくり育ててきた候補者→議員が多数。その経過を見ている者としては、権威的なものによって「今力のある俺たちに全部力をよこせ」は身勝手でしかない。

 かつてはガツガツやりあった「共闘論」ですが、道筋が整理されたので「約束事のもとでの共闘行動で」を発展させる。その運動をしていますので、それを外すような行為には目を光らせて「それは違う」と。それでは成り立たないということを示していきます。

 お付き合いいただきありがとうございます。

「土地規制法」審議雑感。胸三寸で罰せられる社会で良いか?《6月15日23時時点》

 土地利用規制法が問題点以前の乱暴さを残したまま強行され ようとしています(15日23時現在)。オリンピック開催もそうですが、「反対しても無駄だから諦めて多数派に従え」という言葉が、幾度となく投げつけられます。

 なんでそんなのに従ってやらなければならないのでしょう。

 市民・国民に対して懲役刑を科すぐらいの法律が「基準は権力者任せ」にされるのが怖いと思えないか。元々アメリカ軍が日本に居座ってること自体納得いかないものですが、自衛隊と併せ、軍隊だからとフリーハンドでいい、国民はただそれに従え―では納得いかないものがある。

 もうひとつ。「悪いことしてなければいい」という言葉には嫌悪感しか覚えない。先にも言った通り「何が犯罪か」胸三寸で決められる状態下で語られても「何言ってんの」としか思えないです。

 連続しての記述ができないので「途中経過」でしか記述できないのが残念ですが、どういう結果にさせられようと胸三寸で人間ないがしろにされる社会は変えていく、という気概で歩きます。

 おつきあいいただきありがとうございます。