つなげ“希”動力-人生記録員、伊東勉のページ。

17年9月移籍、社会活動中心の記事を記していきます。

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ガーシー、NHK党の行動と、比例区の存在価値は並べて語るものではない。

 NHK党のガーシーが外国に行ったまま帰って来ず国会欠席の件に関して報道がありました。今年の国会は出ない、来年の通常国会は出るかもしれないと代理人が何か述べていたようですが、1議席とはいえ、有権者の意思を国会に反映させるために議員になったわけでしょ。その仕事できないなら、せめて議会に出られる人間に代われ。

 さらに。そこに託つけて「こういう人間も当選させられてしまう比例代表区はいらない」と述べる人も出てますが、「こういう人間」を出した勢力には何も言わず、制度に矛先を向けるのは、いったいなんなんでしょう。チェックしなければならない所が違っていませんか。

 「票を得た“人”が当選するのが当たり前」などと一見まともな事述べてるように見えますが、有権者の意思を受けてその代表が国会に出てくるという点は選挙区も比例区も変わらない。現状日本は少人数選挙区が多くて、小選挙区は実力以上に第一党が多く当選しやすい傾向がある。それを補い、議員の多様性を保つために比例区があるわけで、それがなくなればバランスがどうなるでしょう。そこの所知ってか知らずか―おそらくは知ってて言ってるだろうが―ドサクサ紛れにふざけたことを言わないで、というのが正直な思いです。

 同時にNHK党とガーシーの態度には、本人たちが開き直ろうが指弾は浴びせ続けることが必要。諦めて指摘しなくなれば、次はこういうのよりものより下劣な連中が現れる。それはいい加減止めましょう。

「いつから貴様は他者を踏める存在になった」―過疎地住民、生活弱者に対する“普通の日本人”の発言に。

 最近、公共交通―特に鉄道―に関しての記事を目にするようになりました。鉄道は公共交通機関であると私は認識していましたが、どうやらそれとは別の考え方、「鉄道は利益を持ち込むツールであって、それに対応できないようなところは鉄道はおろか公共交通を廃止させろ」、更に「道路などのインフラで金がかかってしまうから目障り。そのコミュニティを潰してしまえ」と語る人が増えてきています。触るような言い方をして目を引きたいという考えもあるのでしょうが、どうにもイラつく思いしか掻き立てられません。

 年号が平成から令和に変わるあたりから、この手の「役立たずはとっとと死ね」という議論がどんどん押し出されるようになって、今年映画になったらPLAN75で「75歳以上になったら一定の捨て金と引き換えにさっさと安楽死しろ(要旨)」という政策が出てきますが、それに喝采浴びせる方もおられます。「人間生かすにもコストがかかるからそういうやつら始末できるような社会にしろ」とでも言いたげに。

 そういう社会になってしまうと私「始末」対象者なので、自分の命の危険性に直結する以上厳しく対峙しています。交通インフラなどの部分でも整理整頓して対応する事を考えるのは結構ですが、「そこにいる人たちの尊厳をないがしろにするような言葉」ってのは必要ですかね。その人たちにとって「そこにくらす・いきる」ということは当たり前で、それ自体に暴言ぶつけられる筋合いはないということを追加で述べ、選民思想を持つ人に対しては嫌がられる存在であり続けることを表明します。

 おつきあいいただきありがとうございました。

安倍晋三氏“国葬”終了にあたり。

 檜山良昭氏の小説「日本本土決戦」では、連合軍に追い込まれた日本軍が、一部は停戦交渉に臨むも最高権力者の天皇までも自決したことから大日本帝国として終戦したことにならず、なし崩しのゲリラ戦が継続。日本中の都市部が潰滅したため復興もできず、500万人は見殺し的に餓死せざるを得ない状況が書かれていた。権力者の愚行を裁かずなし崩しに進ませてしまうとこうなるのですね、というのを見せつけられました。
 
 私が安倍晋三政権に対して持つ不信感も、かの政権が行ってきた国家主義権威主義もさながら、自ら持っている権力を維持するために手段を選ばない、持っている力を使ってクロをシロにした行動。「反撃力」が残っていたから「反安倍」勢力への力任せの弾圧こそさせませんでしたが、権力者の一存で社会をかきまわし、いかにエライ人だろうが守らなければならない規範を壊してくれた。その結果が市民からの収奪を許す政策に結んだのだとすれば、私は安倍政治を許す気は一切ありません
 最期にしても。私は「殺害は許さない」という立場をとりますが、それは2つ。「一個人としての安倍晋三氏」については何ら思うものがないことと、「権力者のころにしたことは裁かれる必要があったから、じゃました加害行為には“余計なことをするな”としか思わない」。“敵側”がなくなって慶んでいると思いたい輩もいるようですが、「妄想(表現押さえています)も大概に」と申し述べておきます。
 今回の国葬は、権威主義かつ国家主義を進めたい岸田自公政権の箔付けと、葬儀という反対しづらい行事をもって反対派抑圧を図った行為としか見ていません。その思惑に乗って行動する輩もいますが、それに潰されないようにただ歩くだけです。
 拙稿おつきあいいただきありがとうございました。

私が安倍晋三氏の国葬に異議を申し立てる理由―本格的記述―。

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 19日北上で行われた「安倍氏国葬反対北上集会」に参加してきました。台風の低気圧で、起き上がるまでがしんどかったですが、何とか。情勢報告、参加団体のリレートーク北上市民の皆様へのアピール行進…デモ行進歩くのをやっとこさで終わった後へばって、肩で息をしながら完遂しました。

 そういえば、なぜ安倍氏国葬を忌避・拒否するかはっきり言ってなかったですね。端的に言えば「人の上に人を置く」ような物事が嫌でして。できる限りその人はその人のままでの人付き合いをしたいというのが私のスタンス。時々それを意識しすぎてずっこける場面もありますが。

 安倍晋三氏が10年間にわたって行なってきた苛政―国家権威主義で、個々人を下に見る政治―とも意識しないわけではありません。それでもああいう殺され方もあって、一個人の抹殺に関しては許せないものがあったから、その部分では悼む気持ちはありました。でも、それは「政治」とは別な話で。悼む気持ちを自らの権威付けに持っていかせようとする行為を是とできない。

 権力者に対する命令としての憲法を基にして、権力者による社会の私物化を許さない。安倍氏国葬反対もその一環ということでの態度表明、ということでこの一文見てやってください。お付き合いいただきありがとうございました。

入管、国葬、野球―「強者」「多数派」の権威に頼り、他者を踏む行為を唾棄する。

 入管収容中に体調悪化し、まともな対応もせずに死亡させた一件の判決があり、国に賠償を命じる判決が水戸地裁で下されました。ただ、賠償額は遺族要求の10分の2程度、さらにヤフコメ欄には「“不法状態”だったやつが悪い」と言わんばかりのコメントがずらずらと並べられ。入管の不作為に対して厳しい判決が出たことは歓迎しますが、周りの状況を見ると良かったとは言えない結果です。

 入管が収容者を死なせた例はなんぼもありますね。都度々々権威主義的に上記のような擁護も何度繰り返されてた。同じヤフコメ欄にはU―18ベースボールワールドカップで韓国に敗れた件で韓国に対する妬み恨みの類の意見がずらずらと並べられていた。韓国・朝鮮と文字があれば一気にどす黒い熱が帯びてしまう状況って何なんでしょうね。

 そして、夕方に耳にした二階俊博の「(安倍晋三氏に)黙って手を合わせろ」「国葬終わっていたら反対した人たちも必ず良かったと思うはずだ」「欠席する人は後々長く反省するだろう」などと発言した様子が入ってきた。権威主義に頼って、熱したアイロンを顔に押し付けるような行動をすれば、多くの“下々”は黙ってくれる、と思っているのでしょうか。

 入管、野球、国葬…自分たちの背後にいる「権威」があれば、細々とした他者の状況を鑑みず踏みにじってもいいと思い込める人が多いのだろう。だけども、それに「はいそうですか」と頷かない人もいる。頷かない理由がありますからね。そこをとっかかりにして、安倍政権以降の権力者様が作り出した窒息的な空気を払いに行きます。

杉並区議会で公明党議員が共産党攻撃。

https://mobile.twitter.com/yamada_kohei555/status/1569651672775012352

ひとまず共産党の杉並区議会議員ツイートを貼っておきます。杉並区は「市民発の政治を目指そう」という人の共同で7月に区長が変わりました。でその第一弾の議会が今行われている9月議会ですが、そのしょっぱながこれか、と。とにかく共産党とさえ出しておけば自分たちの既得権益が守れると思い込んでるのでしょうか。政治は、選挙の時だけにあらずで動いていきたいです。

他者を破防法呼ばわりして、実際に内戦起こしたいのはどちら様だ―沖縄政治戦の後始末。

 沖縄県知事選でオール沖縄陣営の勝利、または自治体選挙で日本共産党立候補者全員当選するなどひとつの成果を出しました。

 少し前にTwitterから離れたと書きましたが、wi-fi機能を使ってのぞくことはできるわけで、のぞいてみたら案の定「反日非国民」的になじると。まあ、発言はありえることだと思っているからそこら辺のんきに過ごしますが、彼らの言い分の中で障るのが「こうなったら沖縄は政府直轄地にしてしまえ」と。直轄地にするだけでなく「(普通の日本人)側につかない人達は皆殺しにしてしまえ」という言い方をされている人が結構おられました。

 四年前の選挙でも敗因の一つなってましたね、そういう言い方は。熱くなると言葉が荒くなるのもあり得ることですが、それにしたって“皆殺し”とか…

 内戦でもやるつもりでしょうか。

 共産党破防法指定団体だなどと詰っている方々が、御自身は内戦をけしかける言動をとる。その意味を少し考えてみたらいかがでしょうか。とりあえず以上です。

2022沖縄県知事選挙の結果を受けて、雑感。

 沖縄県知事選挙で玉城デニー氏が勝利し、県議補選でも上原カイザ氏が当選して“オール沖縄”の勢力を維持した、という結果を受け取りました。

 最近読んだ雑誌で、アメリカ・トランプ大統領(当時)のしてきた行為 を例にあげて、『民主主義の危機が起きている』と問題提起した記事を見ました。市民・有権者がそれぞれ働きかけ社会を作っていくという民主主義が曲がりなりにも主流にあるかと思いきや、最近は『権力者が威張って“愚かな市民を叩き伏せる”権威主義の社会に戻せ、という動きが出てきている』『大統領選挙開票時のトランプ氏の態度はまさにその権威主義―大統領の地位を利用して選挙結果を無効にしようとした―が甚だしく現れた』と。

 市民・有権者の働きかけが利く社会か、それとも『権力者の言うことだけ聞いて下々は黙ってろ』という社会にさせるのか。与党勢力が自党勢力含めて沖縄の人にさせよう&してきた態度は、まさに「権力への服従」を狙ったもの。この動きを打破できたことが何より嬉しく思います。現地で歩まれた皆様、お疲れさまでした。

自分守るために負荷を遮断、「壊しに来る輩」の意に沿う必要は、ない。

 社会活動に関わる方面の情報取得にメールでツイートを見ることができる「ツイル(Twil)」を使っていましたが、とうとう使えなくなりました。元々数年前に管理をしなくなったサイトで、動作は利いていましたが、限度はありました。

 ただ、良し悪しの“良し”もありまして。過剰な量の情報が入ってこなくなる、て部分で。Twitter自体の記述も大分長くしなくなっていましたが、見ることもなくなって…楽になりますね。もは「あらゆる角度満遍なく」はキツい。した方がいいのはそうですが、いわゆる“ネトウヨ”的なそれが幅を利かせている状況でその態度をとり続けるのはキツい。ある程度の“訓練”積んでいたつもりでしたが、壊れる。

 もっとも、それが狙いでしょうが。

 安倍政権以降の現権力者は、己のしようとする施策が歓迎されるものでないから、それで権力を保持し続けようとしたら「自分とは別な存在を壊し、無くす」のが一番とばかりに、野党や左派のよって立つ意思は壊し続けさせた。その動力のひとつが「ネットサポーターズ」であり、統一協会も汚れ仕事を買って出ていた。「●分間憎悪」植えつける行動をしてなぁ。

 そーいうのを10年ま続ければ社会も壊れるわ。抵抗しなければ、俺は今ごろこの世にいないわ。そして、汚れ仕事やった連中がその反社会行為を指弾されている状況にある。

 今度こそきちんと「社会壊す行為したらペナルティを受ける」のを当たり前にしないと。これを許されたら、日本はいまの権力者の奴隷にされる。「何しても許してくれる」なら、当然そういう方向に走る。人間の脆さを甘く見ない方いいですよ。

 そればん述べて、寝ます。

この10年で植えつけられた「とりあえず共産党と語れば自分は免罪される」病。

 日曜日の討論番組で自民党の茂木某が「共産党も左翼過激派とのつきあいがある」と言い放ち、昨日の会見では「撤回しない」と宣った。まあ、どんなことであれ撤回したくないというならそれで構わないが、相応の批判はぶつけられなさいな。

 茂木の態度に「共産党破防法対象団体だから」と擁護する輩も絶えないが、それに対してどう回答してきたも見ず、もっぱらその構成員を消耗させるためだけに壊れたレコード盤のように繰り返す様子も食傷気味、としか思わない。

 もっと深いところからたどれば。安倍晋三が政権を握って以降、安倍ら自公勢力がその座に居続けるために、対抗勢力を誹謗し「俺たちしかいない」という空気を醸成した。事細かく「安倍自公政権でないモノを否定し、嫌悪・憎悪」させて。その流れで、どんなに酷いことが起きても「左翼」「野党」「共産党」という言葉を使えば免罪されるしくみがつくられてしまった。茂木の「共産党」発言もそこから来るもの。

 実際そういう繋がりがあるのなら、具体的事例をあげて語るはずだが、茂木はそうしない。わざともやっとして、周りの味方がどうとでも使えるようにして、「泥仕合」「どっちもどっち」に持ち込もうとしている。そうすればいま力を持っている連中が勝てる。それが故の茂木の言動。

 ただし、それは「いまの権力者の保身」には役に立つか知りませんが、その分だけ社会は壊されるわけです。どんな勢力が保身されるか言えば「権力者様に踏みつけられるのが当たり前で、その旨味だけ吸い続ける自公勢力」。それにどう抗って、別な社会を作るかは模索も必要ですが、少なくとも「悪いことは悪い」いえる社会にすることは必要ですね、と述べて項を終わります。