つなげ“希”動力-伊東勉のストラグル日記。

17年9月移籍、社会活動中心の記事を記していきます。

7月28日熊本地震…「権力者」「憎悪・ヘイト」、チェックしておかなければならないことは

記述日:7月30日

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 2026年7月28日午後4時27分に起きた熊本の地震。伝えられているだけでも少なくない影響が出ており、特にイオンモール熊本で起きた爆発事故は相当数の犠牲を生む危険性もあるという報道もなされています。今はただ、被害に遭われた方たちの救出を祈るばかりです。

 1995年の阪神、2011年の東日本、そして2016年の熊本地震と、日本は天変地異や地震の変動が起きやすい立地です。当然、犠牲者を出したくないという思いで様々な政策あるいは技術的発展がなされてきましたが、それでも犠牲者の出ない災害というものはありません。様々な技術発展などで犠牲者の人数は少なくはなっていますが、それでも一旦窮地に追いやられる状況になれば、人間はもろいというのを改めて突きつけられるものとなっています。

 私は反自民・反高市政権という立場で社会運動に関わっているものですが、さすがに災害問題などでは、ここではバカな真似はしないだろうという信頼は持っています。それすらできないのであれば、本当に「そこをどけ」と言わざるを得ません。(8月7日追記:そうなってしまったことに怒りを覚えます)

 もう一つの懸念事項は、在日外国人あるいは社会的マイノリティ(非多数派・Twitter等の属性)の方々に対する憎悪の撒き散らしです。これまでは1923年の関東大震災での過ちを認識している人が多くいて、震災の時にそういう属性を持つ人に対する直接的な攻撃は避けられていました。

 ただ、ここ数年起きている差別的ヘイトの横行と正当化は「そういう愚行はしてはならない」という認識をぶち壊すものとなっています。現に、年を追うごとにそういう言説というものが力を持って暴れ回っている。そういう状況を考えると、ヘイトや差別のばらまきに関しては、より強い姿勢で阻止することが必要ではないかと思わされる次第です。

 地震災害などは、それまでの社会の中にある不条理や弱点をさらに悪化した形で露呈させることが大いにあります。そういう意味で、その緩和を目指し、社会的弱者の立ち位置からの震災対応も進められ、近年では「災害女性学」という分野の研究も進められたりしています。先の花巻市議選ではそういった進歩を無視し、「女は男の後ろを歩け」的な感覚で物を語る候補者もいましたが、まあ、170票程度しか取れずに落選したようです。

 ただ、社会への働きかけ方によっては、こういうものが力を持ってしまう危険性もあります。そういう意味で、非常時の時こそ人間は試されるという観点から、こうした社会的不条理を解消する方向にこそ力学が働いてほしいと願い、行動するものです。

花巻市議会議員選挙2026 日本共産党の桜井はじめ、高橋こうき両氏当選。

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 動画記事でも触れましたが、26日に投開票が行われた花巻市議会議員選挙で、日本共産党の桜井はじめ、高橋こうき両氏が当選したことをこの記事でお知らせします。最近はこのような「V(ビデオ)ログ」のような記述が多くなっていますがどうかご了承ください。

 

花巻市議選2026 高橋こうき・桜井はじめ両氏の当選で「収奪主義とたたかえる」議員を議会に。

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花巻市議選についてはインスタ動画と以下「インスタ台本」記事で記述します。

↓↓

世界で1%の金持ちが 世界の富の4割保有

一方で

世界の約半数の人々が割り当てられている富は

わずか数パーセント 以下

 

この格差 不平等

なんなら不条理がもたらす

貧困と苦しい生活

 

それが嫌で

 

私はいわゆる

「左側の社会活動」に努めています

 

要求実現を果たそうと思えば

意を同じにする人を

議会に送り出すことが必要

 

それが故に

各地で行われる地方選挙にも

協力しています

 

7月26日投開票の

花巻市議選

私はこの2人の候補者を

推し 運動しています。

 

地方議員歴約40年

多数が汚職にまみれた議会を

立て直した経験を持つ

桜井はじめさん

 

旧花巻市議20年

その後も花巻市政

国政で運動してきた

高橋こうきさん

 

この2人が述べたことは

「自分たちの子孫に

高市政権が行おうと

している悪政を

引き継がせないため

たたかうことにした」

という決意。

 

長年の社会活動で試されずみの

2人の候補者を

花巻市政で働かせたいと

考え行動しています。

 

花巻市の皆さんには

ぜひ高橋こうき/桜井はじめを選択肢に。

 

それ以外の方々は

「こういう姿勢で社会活動している」ことを知っていただければ 幸いです。

 

長く続いているヘイト・差別との戦い─デマを混ぜ込んででも抗う道を壊しにかかる連中について。東大五月祭より。

記述日:5月18日

1️⃣ 最近はブログ記事が集中制作になっており、何日分かの記事を1日で一気にアップする形態になっています。おかげでリアルタイムの適時性には欠ける記事の出し方になってしまっていますが「こういう意思表示があった」という足跡を残す意味でも続けていきますので、新しい記事が現れた際には目を通してやっていただければ幸いです。

 5月17日分アップでもう一つ取り上げるのは、東京大学「五月祭」で起きた参政党絡みの出来事について。常に頭がぼやけているような状態で、全体の状況を掴むのが少々しんどい状態ではありますが、要点を記します。

2️⃣ 差別的な言説やデマを当たり前のように語っている参政党首の神谷氏が、東京大学の五月祭の中で講演を行おうとしました。これに対し学内外から多くの異議申し立てが起こり、また非常に不本意なことではありますが、愉快犯による爆破予告という事態も重なり、結果として神谷氏のイベントだけでなく、五月祭全体が1日中止を余儀なくされるという事態となりました。

 先に言った通り細かい議論や経緯の検証に関しては他の人に任せますが、デマを垂れ流すような人物を簡単に学内の行事に組み込もうとする動きに対しては、それを呼び込んだ主催団体と共に厳しく批判されなければならないと考えます。さらに言えば「大学の自治」や「表現の自由」という言葉を盾にしてヘイト・差別に対する異議申し立てまでをも抑え込もうとする姿勢も、本質的に違うのではないかと思っています。

3️⃣ この手のヘイトや差別が社会に横行するようになった背景を振り返ると、古くは2000年前後に小林よしのり氏が描いた『ゴーマニズム宣言』などが挙げられます。当時の極右的な主張が世間に受け入れられ、社会の空気を砕き始めたのが第一歩でした。

 その後、2000年代後半に在特会(在日特権を許さない市民の会)などによる、在日外国人やそのご家族に対する直接的な攻撃が行われたことが第二の波です。その後、調子に乗った面々が各地の在日外国人の居住地域にまで赴いて攻撃を仕掛けましたが、これに対しては市民による「カウンター運動」も起こりました。

 この抵抗の運動は特にここ十数年続いていますが、残念ながら差別の波を完全に打開するまでには至っておらず、むしろここ数年ではさらに悪化している部分すら見えています。

その悪化の原因分析については、頭のいい学者の方々がやればいいと思いますが、自分たちの生活の厳しさやしんどさ、心の余裕のなさを外国人にぶつければいいという安易な風潮が、現在の社会で進められていることには非常に不満・不安を覚えます。

4️⃣ さらに言えば、政党で差別やヘイトに真っ向から抵抗することを呼びかけてきたのは日本共産党ですが、その日本共産党の現執行部に反発する人たちが、今回の差別やヘイトを巡る動きに対して「反共産党」「反中央」の観点から非協力・妨害している状況があります。

 共産党執行部が「差別やヘイトとは強く戦っていく」という姿勢を鮮明にした後、埼玉県戸田市での齟齬によるトラブルが起きました。「反共産党・執行部」の方々はそのごたごたを利用して「差別・ヘイトへの抗議運動に関わっているのは、今の至らない執行部に盲従している盲従主義者だ」「差別やヘイトに抗うカウンター行為は暴力的だからやめろ」などと主張。「そうした過激な人たちと距離を置くことこそが、勢力回復への道筋になる」という論立てで、ヘイトや差別と戦う人たちに難癖をつけ、その足を止めさせようとしています。

 私はこうした動きに納得がいかない思いを抱いて約1年動向を注視してきました。私自身、細かい方法論で言えば、反ヘイト・反差別で前面に立つ彼らに全面的に納得しているわけではありません。しかし、少なくとも目の前にある差別問題の解決に向けて、実地的に行動していること自体は批判の対象にされるべきものではないと考えます。  「やり方が違う」「別のやり方をしたい」と言うならば、それぞれが信じる思いのままに活動すればいいわけであって「なぜ他方のやり方を止めさせようとするのか」という疑問はずっと抱いてきました。この部分に関しては、ひとまず「そうした歪な構図がある」という事実を示すのみに留めておきます。

5️⃣ ここで話を東京大学の五月祭に戻しますが、参政党を巡る一連のトラブルの中で、産経新聞が「左翼が爆破予告をしたために、参政党のイベントも含めて五月祭が中止になった」かのような書き方をしました。これはまるっきり事実と異なるデマですが、まさに「出したもの勝ち」と言わんばかりに、その記述を基にした議論が一気にネット上で広がってしまいました。

 別の記事で触れた「MBSによる参政党支持者への攻撃があったというデマ報道」や「栃木県足利市の生活保護受給を巡っての『共産党議員がハラスメントを起こした』とするNHK宇都宮の不正確な報道」を基に攻撃を仕掛ける図式と、全く同じことが繰り返されています。この東大五月祭を巡る報道に関しても、このようなあまりに酷い事態が起きたため、普段は立場を違える「暇空茜」氏でさえも「それは違う」と言わざるを得ない状況になりました。

 しかし、デマで攻撃を仕掛ける人たちは手を止めません。それを指摘された「なる」という人物は(形ばかりの)謝罪という形態を取りつつも、共産党に対してさらなる的外れな批判を加える言論を吐き散らしました。

 まあ、やりたければずっとやればいいですし、止めはしません。

 そうやってデマで社会を壊し続けた結果どうなるか、「壊れた後に文句を言うなよ」という冷ややかな思いで見つめています。

6️⃣ ただでさえ参政党に関する様々なごたくさがあるところに、このようなデマが乗っかった攻撃まで加えられているのが現状です。この「言ったもの勝ち」の濁流のような流れは止まらないのではないかとげんなりする自分もいます。

 それでも、不条理に対して抵抗する運動もまた途絶えてはいません。自ら正当な道を切り開いていくタイプの取り組みは、これからも粘り強く続けていきたいと考えています。

足利市議会・政倫審を巡る動きとメディア報道への疑念 拙い生活保護行政に抗う日本共産党への攻撃。

記述日:5月15日

1️⃣ 社会活動に関する記述がしばらく滞っていました。大型連休が明けてからも様々な出来事が起きていますが、実働の部分でどうも体がついてこず、起きていられる時間は最低限必要な所用に向けざるを得ない日々が続き、こちらの執筆がお留守になっていました。申し訳ありません。書きかけだった足利市議会についての記事はひとまずアップしましたが、その記事のさらに続きがありますので、ここから書いていきます。

2️⃣ まず、5月14日に行われた政治倫理審査会(政倫審)では、当初予定されていた「議会側が用意した謝罪文を読み上げることを強制」あるいは「それ以上の罰を科す」という方向で検討が進んでいました。しかし、各会派による協議の結果、そのような最強硬派の意見は退けられ、議長による注意などの処分に留まる形で物事が動いています。

 これとて不当な処分であると考えますが、謝罪文を読まなかったことを理由に「次はもっと強力な罰を与え、それに従わなければ除名にする」という最悪の道が塞がれたことに対してだけは、ひとまずホッとしています。

2️⃣ しかし、これを報じるマスコミ、特にNHKの報道には大きな問題を感じています。

 共産党の議員が「知り合いを生活保護に受給させるために便宜を図り、その過程でハラスメントがあった」かのような、事実に基づかない報道が行われました。その結果、現在の不十分な生活保護行政を厳しく指摘する共産党議員の行動すべてが「ハラスメントだ」と言い立てられ、攻撃のネタにされるという事態が起きています。

 それまで、例えばX(旧Twitter)のポストの中では小林美穂子さんや、アカウント名「平八」さん、同「jaji」さんといった方々が尽力され、足利市あるいは周辺地域で起きた生活保護行政、そしてこの政倫審のあり方に関して丁寧に疑問を呈してきましたが、NHK宇都宮の報道によって木っ端微塵にされてしまいました。本当にどうしてくれるんだという思いです。

3️⃣ 今年に入ってからのマスコミの偏向報道を振り返ると、例えば関西のMBS(毎日放送)が「『しばき隊』が参政党の妨害をして同党支持者に大怪我を負わせた」というデマを報道した件がありました。MBSはその後小刻みな修正を繰り返し、時間が経ってから記事を消去。抗議行動に対しては冷淡な視線を送り、一部のアナウンサーは圧力をかけに来るような場面もありました。

 大方は事実を伝えつつも、肝心なポイントでデマを混ぜ込み、特定の立場への攻撃を図るという行為が常態化しています。メディアのこうした姿勢に対して、私は強い批判の意を持つものです。

4️⃣ そもそも現在の生活保護行政は、緊急を要する事態への対応があまりにも鈍く・拙く、本来機能すべき体制が十分に機能しなくなっているという問題を抱えています。それにもかかわらず、生活保護法において「困窮し、法に拠るべき状態」になれば当然使えるはずの制度が、住んでいる自治体によってはまともに使われないというのは、どう考えてもおかしな話です。

 「法律通りに正しく実行してほしい」と要求した足利市議団の尾関栄子、鳥井やすこ両議員の行動は何ら間違いがない。「別な問題でこの2人の議員に行政側のミスを追及されているため、その報復に出たのではないか」という指摘も一説には囁かれています。いずれにせよ、現在政倫審が行っている不当な攻撃を正当化する理由には結びつかないです。

5️⃣ 残念ながら今の社会や政治では「デマであっても言ったもの勝ち、攻撃した者勝ち」という風潮が常態化しています。この生活保護の問題についても、これまで市民や支援者が丁寧に行ってきた議論や積み重ねが一瞬にして潰されかねない危機にあります。

 さらに言えば、群馬県桐生市の生活保護不適切受給問題について厳しく追及されていた渡辺ひとし市議に関しても、どのような圧力がかかったのかは分かりませんが、動きが止められるという事態が起きました。こうして様々な手を絡めて何としてでも今の多数派が行っている政治の失策に対する批判を食い止めようとしている─私にはそうとしか思えません。

6️⃣ そのような状況の中で、21日には政倫審の結論が出ますが、これは足利市議会だけの問題ではありません。今後も厳しく注視していきます。

 足利市に関して言えば…私にはこの街である思い出があります。自分の「もう一つの主題」において、ずっと意識し続けている大切な街です。だからこそ、その街の生活困窮者に対する状況がこれほど酷いものであるというのは、到底看過できません。自分が縁のあった街において「住んでいる場所によって助かる道が塞がれる」という不条理があってはならないと思っています。

 そして、そこからの悪しき前例の拡大も決して許さないという意味を込めて、この問題にはこれからも厳しく対峙していかなければと考えております。(了)

高市側近による「野党は害獣」権力の暴走と「言葉」の危機。

記述日:5月10日

1️⃣ 本題のブログについても、記述が追い付かない状況が続いていました。別の課題が山積し、こちらの記述に手が回っていなかったのが実情です。体調の悪化もあり、その点はご容赦願いたいところですが、社会活動を続けていると、安閑としていられない出来事が次々と起こっています。

 その主な原因は、以前も書いた通り、政治の「底抜け」状態にあります。

 いかに政治的な敵対勢力とはいえ最低限守るべき一線というものがあります。敵対者だからといって何をしてもいいわけではありませんし、権力者だからといって何をしてもいいわけでもありません。その一線が突き破られていく感覚は安倍政権の際にも強く感じましたが、それでも当時は、権力者として「犯してはならない行為」も認識していた部分があったように思います。

 しかし、現在の高市政権の場合は、それをもやすやすと超えてしまう。

2️⃣ ここしばらく報じられている敵対者への激しいネガティブキャンペーンもそうですが、一番戦慄したのは、側近による「害獣駆除」という言葉でした。

 権力の座にある人間には、己の発言を自省してほしいと切に願っていますが、最近はそのラインを突き抜ける発言が多く、暗澹たる気持ちになります。直接的には、反対する議員を指して「害獣」と投げつけたのでしょうが、その背後にはその議員を支持する有権者が大勢いるのです。

 つまり、「自民党・高市政権に従わない国民は、すべて駆除対象の害獣なのか」ということです。

3️⃣ 権力を統べる側からすれば異論などの「余計なもの」がなく、自分の言ったことが打てば響くかのように実現する社会こそが最良なのでしょう。しかし、それは政策が持つ欠点を検証する機会を失わせ、それによって踏みつぶされる人々が助かる道をなくしてしまうという危険性を孕むものです。

 そこを考えもせず、敵対者は嫌いだからと「害獣」扱いにする。言葉の次は、本当にその存在を物理的に潰しにかかるのではないか、という危険性すら感じます。

4️⃣ そのための「武器」として、国民を縛り付けようとする様々な法律案が出されようとしています。国家情報局の設置に関してもそうでしょう。すでに2010年代の様々な法改正によって、市民・国民を縛る法律は嫌というほど設置されています。これ以上何を望むというのでしょうか。

 自分たちの身に枷をはめるようなやり方に対しては、戦い続けなければならないです。

足利市における生活保護行政と議員への攻撃を巡って(5月9日時点)

※この記事は5月9日時点での記述になります。

 大型連休明け、野球の記述が滞っておりましたが、実はもう一つの主題(社会活動)の準備に追われ、なかなか思うように進んでいませんでした。ご容赦いただければ幸いです。

 しかし、そうも言っていられない出来事が起きました。

 現在、自民党政権とは対極の位置にいる日本共産党の議員に対する風当たりが強まっていますが、その攻撃の度合いが日に日にひどくなっていると感じます。議会内のことだけであれば、よくある光景として片付けられたかもしれません。しかし、今回の件は同時に「社会保障制度への攻撃」を兼ねているため、緩がせにすることはできません。

▽ 足利市で起きた「ハラスメント」という名の言いがかり

 何が起きているかというと、栃木県足利市での出来事です。

 生活保護行政に関わり、車中泊状態に陥っていた困窮者への対応を行った足利市議団の行動に対し「職員に対するハラスメントだ」という言いがかりがつけられました。これが政治倫理審査会にかけられ、あろうことか「条例違反」と認定されるという事態に至ったのです。

 “多数派”の理屈は、「職員が休日なのに無理やり対応させたのが悪い」というものですが、本質的な目的の一つは「共産党吊るし」にあるのでしょう。

▽ 浮き彫りになった生活保護行政の課題

 この問題の別の側面として、興味深いデータが昨日発信されました。情報公開によって明らかになった足利市を含む栃木県内の生活保護に関する資料では、足利市の生活保護行政のあり方に疑問を投げかけざるを得ない実態が示されています。具体的には、生活保護を申請してから法定期間内に処理をする能力が著しく低いことが明らかに。「一事が万事」で、困窮した市民からの申請や知らせを軽く見る癖が、普段の行政運営の中に根付いているのではないかと思わされてなりません。

▽ 謝罪の強制と「議会からの排除」という危うい手法

 自民党系議員らが関わっているとされるこの攻撃の手口には、悪い意味での「既視感」が漂っています。政倫審で違反と認められたことを盾に、議会での謝罪を要求するのでしょうが、審議を傍聴した方によれば、多数派は「共産党議員団は反省のそぶりも見せない」と“憤り”、自分たちが用意した「謝罪文」を朗読させようと息巻いているそうです。

 要は、意に沿わぬことを無理やり言わせたいのでしょう。

 さらに踏み込めば、このやり方は、気に食わない議員を追い出すための手段として利用されてきました。用意された文章の朗読を拒否すれば、それを理由により重い「懲罰」を科すことができるから。「俺たちが用意した反省文を読まないとは何事だ」と難癖を積み重ね、最終的には「除名」へと持っていく――。

 これまでの社会であればこうした強引な手法は仕掛けた側もダメージを受けるため、滅多なことでは行われませんでした。しかし今回は…ここ突破されたらこうしたやり方が「当たり前」になってしまうという強い危機感があります。

▽ ヘイトの増長を許さないために

 「共産党相手なら何を言ってもいい」という感情的な空気が蔓延しているように見えます。最近の選挙結果や、ヘイトに抗う態度を見せていることが「多数派の機嫌を損ねている」のかもしれません。また、残念なことに共産党が関与している行動で死亡事故が起きてしまいましたが、それを事件の検証としてではなく「気に食わない勢力を叩くためのネタ」として消費するような悪癖も散見されます。

 ネット上では「公務員を(休日に)使いやがって」といった建前で難癖をつける声もありますが、問われるべきは、生活保護受給者や困窮者に対する行政や社会の冷淡な態度ではないでしょうか。ましてや、これを機に議員団を追い出そうなどと考えるのは論外です。

 この件については、他にも丁寧に論陣を張っている方がおられます。今後、生活保護行政のあり方、そして議員団への不当な攻撃を許さないという意味で、問題を整理しながら抗ってまいります。

 最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

門ひろ子、大空こうきの「集会潰し」と5月1日のメーデー。

①「ごっこ遊び」「集会は迷惑だ」…トーンポリシングかます「圧倒的多数派のはずの高市与党」

 もう5月です。この1ヶ月も様々な行動がありました。特に、高市政権の進めている「軍拡」や、トランプ氏、イスラエルなどが進める覇権主義勢力が行っている横暴に対し、異議を申し立てるデモが相次いで起こっています。
 また、デモ行動カレンダーで連携・促進する手法により相乗効果が起き、「悪政に対しては、どんなに国会での議席勢力の差があっても、異議を申し立てていいのだ」という空気が全国で作られています。それこそが、デモという形で不特定多数の人に物事を知らしめる重要性を示しているのです。
 それゆえに、それを恐れる勢力からは「足を止めたい」という思いによる妨害もあらゆる手段で行われています。

▽門ひろ子「ごっこ遊び」
 例えば、東京8区から国会議員に選出されている門ひろ子は、インターネット番組「ABEMAPrime(アベプラ)」の中で、デモをしている人たちに対して「ごっこ遊び」という言葉を投げつけ、悪口を並べてくれました。
 もともと番組の進行がまともとは言えないABEMAの番組ではありましたが、主催者でもない勢力を呼び寄せて挑発的に語らせるような番組運営をしていました。それでも、政府に対する異議申し立ての行動を侮辱し、デモに参加する人々を「所詮ごっこ遊び」と言い放ったのは事実です。

▽大空こうきのおためごかし風味難癖

 その発言に対して「ふざけるな」という思いを抱きましたが、それからほどなくして、今度は大空こうきが5月3日に有明防災公園で行われる憲法集会の開催にケチをつけました。個人的な感情をもとに「周りの迷惑になる」とか「災害時には広域の避難所になる」などと理由をつけて憲法集会の開催にケチをつけ、批判を巻き起こして中止にまで持っていこうとする行動を起こしていました。
 理屈というのは使い方を間違えれば「屁理屈」という形で襲いかかるものです。大空こうきはその後も「あくまで意見の中身ではなく防災に対応できるかを問うたものだ」と言い張り、己の行動を正当化していますが、とにかく憲法集会や反戦デモに難癖をつけてしまおうという動きが見えています。
 しかし、この門にしろ大空にしろ、集会の自由を亡き者にすることはできませんでした。さすがにそこまで手を突っ込んでしまったら、いわゆる独裁国家と何も変わらなくなるからです。

▽長尾たかし「集会潜入しての印象操作」

 ただ、それでも一線を超える者はいます。先の衆院選で候補者にすらなれなかった長尾たかしはデモの中に潜り込み、高市政権のやっていることに疑問を持つ人たちの発言を「揚げ足取り」のように歪め、参加者の反応を「洗脳されている」と言いました。とにかく結論を決めて泥を塗りつければいい、と言わんばかりの発言でした。長尾は最後、「自分の知っている議員が近寄ってきたから」と言って逃亡しました。

 長尾はもともと民主党出身の議員で、自民党に転向した人です。転向した人間は往々にして、かつては敵側にいたという思いから「過剰適応」しようとするあまり、より無体な行動を取りがちになります。
 その結果がこれか、と思って呆れるしかありませんが、長年社会活動に関わっていると、そういうこともあり得ると認識しています。嫌がらせの類を受けて面白いと思う人はいませんからね。

 これから新たに異議申し立ての行動に加わる人に対し、適切なアドバイスができればとは思っています。こういう嫌がらせがあることを認識しつつ、自分たちの立ち位置の確認と、人間の弱さの認識、そして気長な活動を続けながらも積極的に街へ打って出ることで、高市政権の悪政を止める。国会の中での議論も必要ですが、議席の限界もありますので、私たちは生活の場で頑張るしかないと考えております。

② メーデー集会

 5月1日は労働者の祭典、メーデーの日です。連合の組合は4月中に行われましたが、私の関わる全労連・いわて労連は5月1日に行います。
 その集会に向けて準備の真っ最中ですが、何より「働く人がいなければ世の中は回らない」ということを、基本認識として世間に伝えていきたいと常々思っています。
労働組合には一定の強力な保護がありますが、それは経営者層の力が強いことに対抗するための法的保護です。しかし、それを自分たちの利益のためにぶち壊そうとする動きが日本にも回ってきています。欧米でも労働組合の権利を縮める動きがありますが、日本でも同様の行動がなされていることに警戒しなくてはなりません。
 何よりも、平和な社会がなければ労働者はまともに生きていけません。最近参加した震災15年の集いの中でも、「平和な状態でなければ、災害復興はできない」という意見がありました。その問題は労働問題でも言えるものです。
 覇権主義を取る権力者が自分の利益を追求するあまり、戦争に頼るやり方を取る国が多くなっていますが、日々の生活を営む労働者・生活者にとってはそんなものは不要です。平和の道こそが自分たちがまともに生活できる源泉だということを考え、平和主義を保つことを忘れてはならないと思います。

4月第3週集中行動報告・2 憲法を守れ北上「19日」行動と、大船渡でのスタンディング報告

(1)4月19日:「憲法を守れ」北上行動

 日曜日に行われた「憲法を守れ北上行動」は、これまで北上の「憲法改悪反対北上各界連絡会」が行ってきた「19日行動」の拡大バージョンとして開催されました。
 会場には、高市政権が進める軍拡の動きに異議を唱えるべく、様々な階層から多くの人が集まってくれました。私はスピーチもしましたが、通行人や街頭の人々に対する告知活動に専念しました。「何のためにこの行動を行っているのか」を伝える役割です。
 普段は他の役割も兼ねることが多いのですが、今回は参加者が多かったため、各役割を分担して進めることができました。ただ一つ残念だったのは、前日の大船渡でも使用した模造紙の宣伝物が、強風で簡単にお釈迦になってしまったことです。100円ショップの模造紙で作ったのですが、たった一日でお役御免になるとは、なんとも切ない話でした。
#国会前大行動0419


(2)大船渡の地での「足跡」としてのスタンディング


 北上行動の前日、大船渡に滞在していましたが、夕方以降に急に「大船渡の地でも行動を起こしたという足跡を残したい」と考え、30分×2箇所のスタンディングを行ってきました。
 戦争に対するスタンスの違いは世代によっても様々ですが、今ほど「戦争をする方が現実的で、護憲・平和を訴える方はお花畑だ」という非難にさらされている時代もありません。しかし、実際に戦争が起きてしまえば、あらゆるリソースがそちらに持っていかれ、市井の生活は壊されてしまいます。それを考えると、政府・権力者に対して「戦争を選択肢に入れるな」と働きかける行動は不可欠です。
 場所は「盛町・権現堂橋」で30分、そして「大船渡駅前」で30分、模造紙で作ったパネルを持って立ちました。「どれほどの効果があるのか」と問われれば、?マークがつくかもしれませんが、ひとまず「そういう意思を持ってもいいんだ」という姿は示せたと思います。これを見た人が、何かリアクションを起こしてくれれば幸いです。
#憲法を守る0419大船渡

(3)意思を示し続けること
 実はこの日、別の時間帯には日本保守党がスタンディングをしている場面も見かけました。様々な場面で主張がぶつかり合う状況に行き当たることが多くなっています。私自身の能力として、「徒党を組んで組織を拡大していく」という部分には弱さがあるかもしれません。しかし、「自らの意思を明確に示す」という一点においては、これからも地道に活動を続けていこうと考えています。

 

(おまけ)

 0419国会前大行動連帯・北上市「19日行動」で私が行ったスピーチ内容を以下に記します。
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 お買い物中の皆様、休日でおくつろぎの皆様、どうもお疲れ様でございます。日曜日の昼下がりにお騒がせしておりますが、本日この場所をお借りいたしまして、「憲法を守れ、戦争放棄の9条を守ろう」という思いで宣伝行動をしております。
 今日、私はオリジナルのパネルを作ってきましたが(この後強風で全壊)2つほどポイントを絞って書いてきました。
① 戦争になると命も暮らしも奪われる
 一つは「戦争になると命も暮らしも奪われる」ということです。
 どこか遠くで戦争が起きているというだけでも、すでに石油が入ってこない、石油にまつわる商品が入ってこないという状態が起きています。すでに生活への影響が出始めているのです。
中東で戦争が起きているだけでもそうなのに、もし日本が戦争の当事国になったらどうなるでしょうか。暮らしに関わることが全部戦争に持っていかれてしまいます。
 かつて日本が起こした戦争でも、食べ物から物資から何もかも戦争に奪われ、私たち市民は主食の米を買うにも切符制の配給を待たなければならない状態がありましたよね。あのような状態になれば、生活は本当に苦しくなります。
 世界のどこの戦争を見ても、「戦争が終わってやっと暮らしが楽になった」というのが、私たち市井(しせい)に暮らす人の本音です。そういうしんどい思いをさせないために、権力を持つ人には戦争をさせてはならないという思いで集まっています。
② 草の根の行動が平和のルールを作る
 もう一つパネルに書いてきたのは、今日こうして全国津々浦々、国会前などで大きな行動が起きていますが、岩手県内でも昨日、盛岡と大船渡でスタンディングがありましたし、今日もここ北上で宣伝行動を行っています。
こうした行動の一つひとつが、「戦争をさせてはならない」という要求になります。まず戦争を政治の選択肢から外してくれと要求するために、こうして署名活動も行っております。
 こうした平和のルールというのは、私たち市民の行動が作り上げてきたものです。「戦争は嫌だ」、「戦争に頼るな、平和に暮らすべ」という社会を作るために、皆様のご協力、ご賛同をよろしくお願い申し上げます。
#国会前大行動0418 (2026年)

4月第3週集中行動報告・1 国会図書館野球調査/岩手災対連「東日本大震災15年のつどい」。

① 国会図書館調査も…「寝に行っただけ」に終わる。

 16日から東京、大船渡、北上と連続で行動してきました。
 まず金曜日は、少し早いゴールデンウィーク休みをもらって国立国会図書館に赴きました。しかし正直、予定していた資料が電子化作業中で使えないという場面に行き当たり、調べ物は思うように進まずじまい。かねてから気になっていた部分の資料を得てはきましたが、途中で猛烈な眠気に襲われ、近隣のネットカフェで休んで帰るという…ぶっちゃけ「東京に寝に来ただけ」のような結果に終わってしまい、自分でも情けない限りです。
 今回の旅は新宿の「バスタ新宿」(今回写真)を拠点にしましたが、どうもここを使う時は、以前も乗り遅れたり、時間を間違えて新宿を大激走してバスタにたどり着いたりと、苦い思い出しかありません。それでも、ひとまず無事に帰ってこられたことだけは良しとします。

② 東日本大震災津波15年のつどい・目を引いた「災害女性学」


 続いて、4月18日に行われた「東日本大震災津波15年のつどい」についてです。この集いの中で特に印象に残ったのが、「災害女性学」という学問でした。
 これまでの災害対応では、「非常時なのだから多少の不便は我慢しろ」という考え方が一般的でした。しかし「それでいいのか」という問いから、災害時であっても最大限に人権が守られる状態を作っていく考え方へとシフトしています。
 普段の社会にある歪みや格差が、震災によって増幅・露出されてしまう。それが女性に関わる分野、いわゆるジェンダーの部分に顕著に現れたため、こうした専門的な学問が生まれたのだと理解しました。
 この分野の第一人者である宗片恵美子さんのお話は2年ほど前にも伺いましたが、当時は「女性の被害状況とその対応」という意識で聞いていたため、今回改めて「専門学」として体系化されていることに驚くとともに、提示された問題点を意識して行動していこうと決意しました。