つなげ“希”動力-人生記録員、伊東勉のページ。

17年9月移籍、社会活動中心の記事を記していきます。

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「高齢者1000万人殺せば」…永江一石発言。お次は何だ。当然蹴飛ばす。

 永江一石(@isseki3)の2020年11月30日15時11分ツイート。「誤解されるのを承知」の後に「基礎疾患ありの高齢者が1000万人死ねば現役の社会保険料は下がり、景気は爆上げ。現役世代の手取りが10%増える(要旨)」と述べ、それに賛同する&反対者を袋叩きにするツイートがこれでもか、と並んでいます。
 若者のためとか医療費のためとかおためごかしはいい。自分が生きたいためか知らんが他者に死を要求・命令する姿恥ずかしくありませんかね。ここ数年進まされている「弱者は死ね」路線にまんまと乗って。
 その虐殺思想は、いずれは自分にも廻るでしょう。虐殺施策は対象を限定したところでその壁は破られる。自身に刃が向けられる前に気づかれては、と願うものです。

社会保障の受給にまつわる私の見解。ピンチになってからでは苦しいです。

 私の人生は「所在地が底辺」であることを意識する所に存在しています。親が離婚し、生活保護の対象でありましたが、兄弟の進学、母の意地張り、私の自閉症もあり、生活保護を受給しなかったことで、家庭生活の面では塗炭の苦しみを味わいました。学校生活こそ充実したもので、これがあったからまだ生きていようという気力を維持できましたが、そうでなければただの木偶となっていたことでしょう。

 自閉症の性格と併さって、その時その時を生きるので精一杯の人生を歩んで間もなく45年。歩んだ道には後悔ありませんが、それなりのしんどさは身に受けています。自分自身のことについては「まず生き抜く」ことを主体に考えるのである種達観していますが、自分のような状況になる方に対してのバッシングですか。それについては厳しい目線をむけ、キバを向けています。

 何でか言ったら、どん底に陥ったら元に戻るのが途方もなく大変だからですよ。

 つまづいている間に社会はどんどん進むし、それを手負いの心身持ちながら追いかけていかないとならない。ずっと傷無く走り続けても生きるのは簡単じゃないのに、途中でつまづきゃ尚更。そっから通常に戻すのには多くの労力が要る。それを補充し、マシに生きるために必要なのが社会保障と違いますか。

 それを自己責任と放置し、むごい待遇でも生きていられればマシ、そうでなければ生存すらもままならない。棄てられる恐怖心で権力強者の意のままにしよう、それは仕方ないことだ、とする空気というか根性が目障りです。

 いつまで人生歩めるかわかりませんが、この部分は意識し、これを放棄するときは私の死―生物学的に生きていても―。諦め悪く歩く、生き抜くことだけ述べて項を終わります。

話を聞けるボーダーライン―永江一石や吉村知事のトリアージ発言より。

 永江一石らの発している「高齢者と基礎疾患者は死んだところで寿命、経済回す方が優先」という趣旨の発言。そこに維新勢力吉村による「トリアージ」発言。そーなんないための施策をやらず、何かしたように見えるものは無意味、そんでてから「強さ」を誇示するために言葉の意味をねじ曲げて使う…。
 こんなやり方する輩に殺されたくはありません。
 で、表題の「ボーダーライン」。永江らと吉村らの発言が化学反応起こして高齢者や基礎疾患者に圧力がかかっています。中にはあからさまに「金/医療リソースを渡すために」「『殺すのか』という問いに『ハイそうです』と言える神経が必要だ」「ナチス時代のドイツが行ったT4作戦が今こそ必要」と語る者も。
 経済を回すことそのものについては考慮の余地がありますが、何故に高齢者&基礎疾患者の生命を積極的に失わす必要があるのでしょう。私も基礎疾患2つ、更に精神疾患も。先のようなことを語る輩にしてみれば真っ先に死んでほしい対象者でしょうね。実際言われもしましたが。
 自分が助かりたいから他人蹴落とす生存本能ですか。その選択を完全にしないと言い切れるほどできた人間ではありませんが、実際に社会に働きかけて死に追いやる行為をしている連中を許してやるほどお人好しではありません。「どうしようもないときに休ませる」経験は今夏したばかりですが、トリアージや寿命に名を借りた排斥」は受けつけない。
 ここ数年来、あらゆる機会をとらえての「弱者に退場を迫る」議論、その立場から発意を繰り返しているのが永江をはじめとしたアゴラ執筆陣であり、吉村や松井、足立、橋下ら維新勢力です。私はこんな輩の望むことはしない。それを述べて項を終えます。

倉持麟太郎なる者の「国民投票法護憲派批判」について一言。

 下記連ねた文字を一応文章として読んでみましたが、この文字列は護憲派の存在する立場を崩し、護憲派をミンチにする場への誘導」に他なりません。
 もっと言えば、言葉だけ丁寧だけど「殺されに来てね」と。
 乗る必要無し。

「圧倒的な力を以て玩ぶ」手法をとる自公維など支持者。さぞかし楽しかろう。後の地獄を知らずに。

 自公政権は既に強者として持ちうる権力はほぼ掌握し、あとは「憲法が保障する“権力者だろうが身勝手できない”部分」をもぎ取ろうとしている。遮二無二改憲を目指すのはそれが故でしょう。護憲側は「身勝手できない」箇所を保持して、改憲を使って苛政行おうとする勢力を打ち払うしかないですが、正直削られているのが現状です。「(支持を)少しでも幅広く取り入れたい」心境はわからないではありませんが、原状その手段をとることは「自公維勢力に取り込まれる」ことにしかなりません。

 「削り」にかかっているのは権威主義的な自公維勢力支持者。既に得ている力にもたれかかっているせいか、その手法はいじめっこというか「いたぶる」ものになっています。どう考えてもあり得ないことを振り、その結果相手がどう出ようとそのすべてを否定する。服従すら否定する。とにかく「反対者」を壊す。ぶっ壊す。

 別な方が「正反対のことを同時に述べて思考をぶっ壊す『ダブルバインド』」と、指摘している“人間の壊し方”。権力にもたれかかり利をむさぼる輩から生きやすい社会を取り戻すたたかいは、こういうやり口が大手を振るう社会を変えることからはじまる、というのを指摘して項を終わります。

健康管理・久保寺雄二さんの夭逝から肝に命じていること【3媒体共通】

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《1》コビッド19・コロナについて頭から外れない日もなく、一方で惨事便乗でろくでもねえことかたりする輩もいて。トリアージの議論を「貴族の遊び」感覚で語り、ジャマなものを排除すりゃそれでいい、という考えには冷たい視線しかくれてやるものはありません。
 ナチュラルに隔離生活をしている私、デジタル利用の野球資料整理も本格的に。特に凝ったアプリは使っていませんが、Windows10の機能もつかみ、1日15〜20ページ整頓が進んでいます。きょうはプロ野球に在籍した二人の久保寺姓選手(静岡商から1977〜84年ホークスの雄二選手と逗子開成→横須賀魚市場から1950年東急フライヤーズの昭投手)の資料をまとめ完了。昭投手については文章化途中なので完成をお待ちいただくとして、今回は雄二選手関連で。
《2》雄二選手は1985年、静岡帰省中に26歳で夭逝します。守備位置は…野球ゲーム風に書けば「主位置サード、サブポジセカンド、ショート、外野」ですか。常時出場選手ではありましたが守備位置はかなり変動し、ベテラン選手の引退で空いたサードに落ち着いてむこう10年大丈夫かと思われた矢先の夭逝。雄二選手の訃報を伝えた新聞の中で、「これは今現在こそ気を付けないとわんない」と思った一文があったので、該当文を下記の通り引用します。
===(以下引用の記述)===
 スポーツニッポンスポニチ)1985年1月5日1面より。
 『風邪は万病の元といわれるように油断できない。軽い気持ちでいると、とんでもない事態を引き起こす。年末から年始にかけてややもすると暴飲暴食に陥りやすい。特に若い人はどうしても若さを過信してしまう。そのために疲れが蓄積されて、眠時時間も短くなる。そのうえ我々日本人は特に寒さに対する心感が鈍い。
 その結果はどうなるかというと、抵抗力がウイルスに対して弱まっているから、風邪ひき起こしてしまう。「とにかく風邪をひいたら体を休めることです」(東海大医学部内科教授・岩村健一郎さん―当時―)風邪をこじらせたり死へ、というケースはよく知られている。それと体が弱まっているところへ、無理をして厚着もしないで外出したりすると、心臓が狙われる。冷たい外気で、体の表面の血管が縮まる。そうすると血液が一気に心臓へ集中してくる。一定のテンポで動いている心臓は、ここで集中してきた血液を処理するために、動きの切り替えをしなければならない。当然、心臓の負担が大きくなる。それによって「心臓が止まったり、発作が起きる」(岩村)。狭心症や心筋こうそくなどを起こしてしまうのだ。
 運動で鍛えているから心臓は強いという見方は常識的だが、必ずしもそうではない。運動をしている時に強くても、平静時や体調をくずしたり、無理をしたら健全な動きをするかどうかはわからないからだ。過信は禁物だ。』
===(以上引用終了)===
《3》雄二選手はレギュラーとしてありつづけるために相当体を痛めつけていた、という話も聞きます。スポーツ選手だから「強い」と過信/我慢してわんない、というのを思わされます(サッカーの松田直樹さんの件でも思いました)。また、人間が冬にどう傷みやすくなるか、記事は35年前のものでありますが、ここから自分守るため何したらいいか、考えていただければ幸いです。
《4》私は11年前に心筋梗塞起こしていますが、幸い変調を変調と見て、無理な我慢をせず(できず)手術に到りましたが、外科的な痛みにも似てますからそうだと思って…というのもあるのでは、と考えています。コビッド19・コロナ抜きにしても変調起きやすい季節です。皆様お気をつけてお過ごしください。
 長文おつきあいいただきありがとうございました。

トランスジェンダー問題。踏まえて考える要件多し、熟考を。

 ジェンダーの課題については軽々しくの発言をしたくないと思い、「各々の方の人権の尊重」という最低限だけ踏まえて考えることにしていました。ところが今、トランスジェンダーの箇所―風呂やトイレの対応―で荒れている様子を見かけます。

 各々の方の持つ性自認の尊重と、一方でトイレや風呂という「無防備な箇所」での身の安全保障…両立できる道を見出だす方向の議論を発展していただくことを願います。

 「女もトランスジェンダーも叩き潰す」思考の輩にスキを与えたくない。

維新吉村の「トリアージ」発言。誇張と脅しと見栄はいらない。

 やろうとしていることは「コロナ感染対応とそれ以外の病気対応の病院を別ける」だそうで、その行為自体は各自治体で行われているものだからその部分については何も言うつもりはありません。

 問題は…長くなりますが、これまで自由主義的に富裕層を持ち上げ、利潤をぶんどる一方で、これに与せない人らを散々に蹴りつけてきた実績を持つ維新勢力が、言葉の重みも認識せずにトリアージという言葉を使い、何かを切り棄てることを是とするメッセージを発した。既にツイッタータイムラインでは維新と意を通ずるネオリベが高齢者・基礎疾患罹患者に対して『経済回すために、寿命と認識して死ね』と言い回っています。

 両者とも言葉面だけは丁寧ですが、基本的にはコロナに感染するような弱者は死ね、という言を吐き回っています。その上でのトリアージ発言は「念押し」でしかありません。

 擁護は何にだってつけられるもので、案の定吉村のトリアージ発言に。残念ながらこういう擁護される方は「じぶんがそうなってもいっこうに構わない」と思いがち。そうなると翻意はしないでしょうから、当方はただ、「トリアージ利用しての優生政策をやめろ」とうったえ、行動していくのみです。おつきあいいただきありがとうございました。

過剰なまでに『大義名分』を用意して対象を殺しにかかる行為を看過するな―コロナ感染者を見殺しにするのを容認する言論に抗う。

 前記事では『見殺し容認者の言い分』を記しました。21日に大阪府知事が「トリアージ」宣言を出しましたが、なにか勘違い起こしてないか。選民思想を刺激し、強化する行為を慎んでいただきたい。

 『見殺し容認者』に対しては厳しい目線しかくれてやるものはありません。昨日「基礎疾患持つ者は自己責任」述べていた方はその態度をより強めてまして。なんでしょう、原罪意識刷り込んで死に追いやりたいですか。「足手まといを棄てれば楽になる」とでもお思いでしょうか。

 戦争も「権利の一手段」でなく「原則違法」視で見られるようになってからは、「あれは俺のもの」ですることができず、大義名分とやらをちまちま用意して行うようになっています。それと同じで高齢者が邪魔、基礎疾患持ちの弱者はお荷物と認識されている方々が「退場」を迫る行為が「死ぬのは仕方ない、自己責任、寿命だ」と理由付けてなされている。

 近年、立場が弱くなった者に対して退場を迫る行為を、ある時は安楽死、ある時はひきこもりや障害者の行った犯罪を利用してなされといることに吐き気覚えながら見ていました。このような選民・優生思想には厳しく叩きふせるくらいに反撃していかないと、本当に虐殺行為が起きるのではないでしょうか。

 いろんな部分で「普通のニッポンジン」様に都合悪いカテゴリーに在する私にとっては生き辛い社会になりましたが、むざむざ殺されようとは思いません。生存すること、存在することで消滅を望む連中の思い通りにさせない一石になります。

 おつきあいいただきありがとうございました。

コロナの状況利用して退場を迫る輩に。

 コビッド19・コロナ感染が流行り出した2月。気色悪い思いをしましたが、原因は何か言えば感染者に対する殺意込みの自己責任論でした。感染者宅は焼き討ちにしろ、とか。身を守りたいのは本能でしょうが、程度をわきまえられないのか、と激しい軽蔑を覚えた記憶があります。
 そして、経済性を優先した「GOTO」施策が始まり、期を一にして感染者数の増大という傾向が見えてきましたが、経済性優先にいる論者が反対者および反対の論拠になる「感染しやすい人」に対して攻撃的な記述をしはじめてきました
一)アルファ発言者が「コロナでの死者より自殺者の方が多い」「死者は基礎疾患持ちの高齢者だけ」「経済と感染対策強化は同時にできない」と発言
二)この発言に乗った者が「高齢者・基礎疾患持ちの人はコロナで死んだとして寿命でしかない。経済を犠牲にするな」。
三)更に調子に乗る■■は「基礎疾患にかかる者は自己責任。おろかな存在に医療を施す必要はない」
 ふむふむそうですか…え、まだあんの(  -。-) =3
四)『俺らの意見をバカの一つ覚えみたいに「ナチスがやった優生思想」呼ばわりする(中略)がいるが違う。今の日本に必要な区別化だ!』等と意味不明の供述をする。
 いやはや。どーしても「生産性無き者は死ね」に話持っていきたいか。基礎疾患2つ持ちの私にも向けられる言葉ですね。答え返しときますか。
 貴様らの戯れ言で殺される筋合いは全くない。
 これだけでいいですかね。死ぬときゃ何したって死ぬから、その時が来るまで黙れ。