つなげ“希”動力-伊東勉のストラグル日記。

17年9月移籍、社会活動中心の記事を記していきます。

不戦社会は市民など個々人の願いから実現させてきた―「ごちゃまぜ」「核禁条約参加要求行動」1月11日の社会運動から見た不屈の活動。

 新年が明けてからわずか10日で濃い出来事が次々と起き、少し頭が煮詰まっている状態。生活には大きな変化はありませんが、社会活動・政治戦においては激動が続いており「これからどう向き合うべきか」を深く考えさせられています。

 そんな中、社会への働きかけは絶え間なく続いています。今日は居住地ショッピングセンター前で、核兵器禁止条約への参加を日本政府に求める街頭宣伝行動に参加してきました。

 本日のブログは、その場で私が行った訴えの内容を記すことで、記事の代わりとさせていただきます。

 かつて戦争は「権力者の権利」や「国家の権利」とされ、力による領土の奪い合いが当然とされる時代もありました。しかし、戦争がもたらす生活の困難や生命の危機を「当然のもの」とせず、気づき始めた基本的人権に基づいて、生活を邪魔する戦争に対し異議申し立ての声が上がるようになりました。個人の人権が尊重される社会の発展とともに「むやみやたらに戦争で問題解決を図ってはならない」という考えが作られ、広がってきたのです。

 また、科学技術の発展が武器の強化に結びつき、その被害が格段に増大し、あまりにも甚大な被害を生む戦争を止めなければならないという趣旨から、国際社会で不戦条約が結ばれるようになりました。

 その武器発達の極致が、広島・長崎に投下された核爆弾です。たった一発で10万人単位の命を奪った核兵器の存在は、私たち市民個人の生存権を根本から脅かすものとなりました。

 「あのような被害を二度と繰り返してはならない」という強い思いを胸に、被爆国である日本の人々は、平和憲法の精神のもとで核兵器廃絶の署名活動や核兵器の危うさを世界に知らしめ、使用を阻止する取り組みを長年続けてきた結果が、2021年の「核兵器禁止条約」の発効に結びついたのです。

 今、権力者たちの横暴によって、これまでの積み重ねが簡単に覆されるように見え、無力感を覚える場面もあるかもしれません。しかし、長年の行動の蓄積によって、権力者の好き勝手な戦争を阻み、原爆を使わせないよう封じ込めてきたのもまた事実です。

 今のような状況だからこそ、「戦争で物事を解決させるな」「核兵器による脅しを許すな」「核兵器を禁止せよ」と要求する運動が必要なのです。

 街頭では様々な情勢についてお話しすることもできましたが、私は「こうした市民発の運動が大きな流れにつながってきたのだ」という点に重きを置いて、無力感に苛まれるのではなく「自分たちの意思表示・行動に自信を持っていい」と呼びかけてきました。

 まもなく選挙も実施されようとする中で、走り陣立しながらじゅんしかない状況です。厳しいことばかりが目につきますが、それでも何もしなければ、私たちが提示している「左翼的思想」や「人権主義的な考え方」が潰され「市民や労働者の意見が社会を動かしてきた」という大切な思考回路を断たれてしまうことを意味します。

 海外に目を向ければ、アメリカではICE(移民税関捜査局)が引き起こした市民銃殺事件に対し、権力者に怯まず激しい怒りを持って行動している人々がいます。 日本でも本日11日、川口市の公園で行われた「ごちゃまぜ川口」という反差別の集会が、主催者の予想を遥かに上回る参加者で会場を埋め尽くしました。

 SNSのタイムラインだけを覗いていると、頭を抱えたくなるような思いもしますが、今回書いた出来事を鑑みれば決して絶望する必要はないと感じさせられた一日でした。

  「諦め悪く歩く」と公言していますが、状況が悪い時こそ必死に堪えて意思を保ち続け、その間に力を盛り返していくことはできる。私の場合は、X(旧Twitter)ではある種の別人格として対峙している部分もありますが、それはそれ、これはこれとして、世の中に自分の考えを示し続けます。 本日もお付き合いいただき、ありがとうございました。