1️⃣ 「ごちゃまぜ川口」1200人の盛況が示すもの
日曜日に行われた反差別イベント「ごちゃまぜ川口」は、主催者の予想をはるかに上回る1200人もの参加者を迎え、盛況のうちに終了しました。 これは単に行事が成功したというだけでなく、「巷に溢れる差別の言論」に抗う人々がこの社会にまだ数多く存在することを可視化した重要な一場面でした。
特筆は、参加者がこの場を「楽しむことができた」という点です。「真面目な社会運動に『楽しさ』は不謹慎だ」という意見出されていますが、これまで社会活動がどこか遠いものに感じられてきたのは、この「楽しむこと」を疎かにしてきたからではないでしょうか。 私の上司の上司は「喜ぶべき場面ではきちんと喜び、楽しめ」と説く人。その言葉は、私自身のある頑なな「心配性」スタイルを省みさせ、社会の中で活動し続けるための指針となっています。これに倣っていただくことを望みます。
2️⃣ 山村奈良県議の「不起立」と国旗・国歌の問題
奈良県議・山村幸穂さんが、国歌斉唱時に起立しなかったことを「へずまりゅう」原田将大が問題視していますが、私は「山村さんの行動に理がある」と考えます。
戦後、大日本帝国を牽引した国旗・国歌がそのまま存続してることの疑問は残っており「国旗国歌法」が制定された際、日本共産党は「日の丸・君が代の是非についての全国民的な議論」を提唱しましたが他勢力が一蹴。ここで真摯に向き合わなかったことが権威主義を保ったままのいまの歪みにつながっているのではないでしょうか。
私は、国旗・国歌という権威を借りて何かを成そうとする行為、あるいは偶像崇拝的な扱いに疑問を抱いていました。私は「退出」を選んできましたが、山村議員は公の場で堂々と「おかしい」と意思表示。これを「無礼」とする声もありますが、むしろあらゆる場に「国旗・国歌」の権威を入れ込む事こそ「違うだろ」と認識し、山村さんの行動を断固支持する立場を取ります。
3️⃣ 解散・総選挙:置き去りにされる国政議論
総選挙が実施されようとしていますが、昨年10月に高市政権が発足して以来実質的な国政議論はほとんどなされていません。解散によって議論がさらに2月半ばまで置き去りにされるのはいかがなものか。
自民党・維新の会による「無理な支持誘導」はかる政治と金・政治腐敗の問題。
物価高騰など市民生活を守るための対策。
トランプ氏に象徴される米国などの覇権主義への向き合い方。
これら重要な論点が「解散」の名の下に遠くへ追いやられようとしています。高市政権のやり方には憤りを禁じ得ませんが、この政治決戦から退くわけにはいきません。
「権威主義に屈せず、市民生活を守り、何より戦争という手段で解決を図らない社会」。日本がそのリーダーシップを発揮できるような人を政治の重要な場に置くように、今回の選挙戦に向けて決意を新たにしています。
