コビット19・コロナの自粛対応で行われようとしている給付金。論段において2つほど引っ掛かるものがあるので記載させてください。
①まずは「反安倍は給付金受けとるな」。もう既に多くの方々が「安倍首相私財産からの支出でなく、公的施策で公金からの支出。否定されるいわれはない」と、この手の言いがかり異議を返していますが、この手の発言をされる方々は「嫌いな輩にクソを投げつける」のが目的ですから、反論なぞ聞く耳ありません。クソを投げつけられたら先の言葉を指し示すだけでいいと思います。
②次は「給付金申請時の“不支給”を誘うチェックボックス」 について。こちらもきにも「普通の人なら間違わないor意図に気づく」と述べ、「それに間違うようなやつは10万円支給を受ける資格はない」とまで高らかにうたいあげていますが、そういう「普通の人」に届かない人ほど救援が必要なはずで、要は何ですか、見殺しにせい、と。そういうことですね(断固ことわる)。
日本社会ほど自己責任論に絡めとられ、イコールしての「アンチ左翼」が思考回路に深く刻まれ、ラチェットかまされている状況、というのが上記2項目に深く刻まれてます。個々人が他者の難事に対応できないことはまま、あります。そこはしゃーないと思います。
が。
日本社会にある自己責任論で性質悪いのは公的期間、あるいは対応能力のある個人・団につなごうとすることすら忌み嫌い、妨害しようとする。それも「自発的に仕向ける」ことによってそれを為そう、と。紛らわしいチェックボックスなんざそんための仕組みとしか言い様ないのと違います?
アンチ反政権派の方は「反安倍の連中は安倍さんのやることすべてを否定する」などと語っていますが、そりゃ一々に適時必要でないことを織り込めば批判しかない。嫌がらせか判断能力の欠如か知りませんが重なればイラつき度合いが増えるしかありません。
そういう意味で辛辣な対応は続かざるを得ません。自分達が生きるためには権力者に必要な行動をさせないとわんないし、それをしないばかりか否定されたくないからと強権振りかざしたいと憲法壊したいと宣うならそんな■■■■は引きずり落とすだけ。その過程では余計な敵をつくらない、というのを原則で悪弊も越えていきましょ。
今日は長文にしました。おつきあいいただきありがとうございました。