つなげ“希”動力-人生記録員、伊東勉のページ。

17年9月移籍、社会活動中心の記事を記していきます。

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生活保護―最低限の生存権を守る。

 今日は11日。東日本大震災の月命日です。この日に震災の記事を書くことも検討しましたが、それは13日の記事に。しかし、毎々月月の報道で、気持ち重くなるのが犠牲者の身元発見に関わる部分。はっきり言えば動き、ありません。当然帰るべき所に帰って、気持ち安らかになっていただきたいのですが…。

 近所に住んでいた(一山越えての15キロが近所か、というツッコミはこの際抜きで)津波研究家の山下文男さんは生前、以下の要旨の指摘をしていました。
 「津波は直接の被害だけでなく、そのあとに貧困という被害を及ぼす」
 ―山下さんは津波研究家の他に共産党の中央委員という横顔がありましたが、やはり自ら味わったその惨禍を味あわせたくないという思いが、津波と収奪による貧困に向き合い、たたかう道を歩ませたのか、と。しかし貧困とのたたかいでつかみ取った生存保証―生活保護がかつてない攻撃を食らっています。

 生活保護は、最初の頃は「恵んで助けてやる」てな扱いで、ホントに半死半生みたいな状態でなければ受けることができませんでした。そっから百何年、「恵んでやる」から「最低限の文化的生活を保障する」という日本国憲法25条にたどり着くまで、多くの先人の苦闘がありました。日本国内でも書かれた条文の実現に朝日裁判など含め憲法を実とする取り組みがはあり、一定水準の生保を持つように。
 それを劇的に悪化させてきたのがここ数年の話。社会保障の逆流は80年代から始まっていましたが、再拡充の道はろく様作らないまま悪化の一途をたどっています。その結果何が起きているかと言えば「最低限の沈降下」。生保の水準が下がれば困るのは受給者ばんでありません。社会保障生活保護を基準に行われている事が多いので、「気づいてみたら今まで受けられていた施策が受けられなくなっていた」てことも多々。何より生保を受ける人は、その理由―所得を得る手段を失ったから受けるわけで。分かりやすく言や健康失ったり、今の就業の水準に達することができなかったり。

 で、受ける必要があったのに無理し続けたらどうなるか、いい見本が皆さんの目の前にいます。俺ですよ。
 05年に体壊し、06年は一年就業できず。その間生保申請をしましたが様々あってそれはならず。多少の回復を待ち無理矢理就業に復帰しましたが、生活費カツカツで食は“残飯”を頼る形に。本来あたらなければならない心身の治療は間に合わず、09年の心筋梗塞での破綻に至った次第です。
 この時期に背負った借金こそ社会保障による医療費支出の圧縮も手伝い今年初頭に解消しましたが、貧困も手伝い病院に散発的にしかかかれなかった代償は、上歯崩壊(残り4本)等取り返しつかない、以降の健康も、就業もできない体になってしまいました。生保の捕捉率が2割と言われますが、残り8割の方々がどういう状態にされているか。健康を切り縮めさせられ、無惨に死なされたり、惨めな生活に追いやられている状況も生む「生活保護切り縮め制作」、もはこれ以上の勘弁はできません。

 昔、朝日裁判をたたかう人たちの中に労働組合も加わっていました。何故に労働組合?しかし彼らは「最低限の文化的生活を保障する」憲法を守る上では仲間だし、生保の悪化は労働条件の悪化も生む。そういう意味では運命共同体でたたかうしかないと、頑張った成果が生存権確率の朝日裁判でした。
 ここまでバラバラに生保に関して触れてきました。ここでもキーワードは「最低限を守る」ですが、それはひとり生保受給者だけではない、マイナスの影響受けるのは幅広い労働者・生活者なんだよ、という事を最後に記して項を閉じます。