つなげ“希”動力-伊東勉のストラグル日記。

17年9月移籍、社会活動中心の記事を記していきます。

【至・総選挙2024】生活保護・社会福祉に叩きつけられる憎悪。矛先を向ける相手を間違えていないか。

 社会保障社会福祉政策に関して問題点を指摘する記事が出ると、SNSやサイトのコメント欄では施策及び保護対象者に対するおためごかし入っての攻撃的な意見というのをたくさん見ます。そういう声に支えられ、行政も「やっていい」と攻撃している様子が顕在化され、群馬県桐生市などでは一部しか渡さないなどという案件も起きているわけです。

 10日、大阪府堺市で障害者をのご家族を持った親に対する誤支給・無支給があったのではないか、ということで行政不服審査請求をすることが報じられましたが、これに対するヤフコメは凄まじく対象者の存在を否定するような言葉が並びました。中には決定的な一言を述べないだけでその親子の存在が消えて欲しい…ああ、もっとぶっちゃけ言えば「ここまで助けてもらったんだろう 十分に生きたよな ならば死んでくれ」というのを要求するような言葉が並んでいる。

 その言葉を並べ立てる原因として彼らは何と言うか。「自分たちの生活は苦しいんだ」「生活保護はいいよな楽で」と来て「俺たちは収入の半分を税金に持って行かれてんだ辛いんだ」いう言葉が並べられる。生活者・労働者の難儀さを認識しますが、それで矛先向けるのは生活保護受給者じゃないですよね。

 国の税金を“支持する富裕層”をより富ますために使っているのは自民党政権ないし、内部留保500兆円グロテスクなまでに貯めて、労働者、生活者、協力業者に対して回さない大企業が責める対象じゃないでしょうか。殴りやすい箇所を殴って憂さ晴らしするやり方というのをずっと続けてきた結果、市民労働者レベルでは誰も幸せになってませんね。

 労働者の平均収入は減るし、内部留保の過剰な保有に見られるような富の偏在はもとより、「儲けをあげる者だけが有能」ともてはやすことによって、「その“儲け”は労働者・生活者からの搾取で成り立っている」ことを忘れてはいないでしょうか。それを忘れて無邪気でいると首を絞めることになるんです。

 そこのところを考えてもうちょっと自分たち労働者市民生活者に富が回ってくる来る仕組みを作っていくと。「個人が頑張ればいいじゃないか」というご意見がありますが、酷なこと言えば「そんなものは富裕層に回る仕組みをより強化されれば吹っ飛ばされる」。ならば個人の努力頼りにせず、社会の枠組みとして物事を考えていきませんかということをこれからも認識するまで記し続けることとします。


 記し続ける、で言うと…最近は強力な言葉を発する人たちが「すぐ世を良くする」という期待を寄せる存在として意思を寄せる傾向が多く見られますが、実際の物事は粘り強く働きかけて社会を温めてようやく実現に持っていく…というやり方で進める方が多いのです。そのことも併せて記しておきます。