今年の5月頃に、厚労省官僚による生活保護受給者の進学否定的発言。私自身、高校進学のために生活保護を蹴り、家庭生活の部分では塗炭の苦しみを味わってきた経験あるので、どーにも他人事に思えない思いというのがありまして。
で、この手の議論になると、様々な理屈うち並べて「コウイウ“過失”アルヤツニ我ラガ出シタ税金使ワレテタマルカ」とはねつけようとする。どこまでそれを突き詰めればいいんですかね。そこに至るまでの過程どうであれ、現時点で緩くないのは確かでしょう。それ放っといたら死ぬか殺しにいくか。
衣食安定すれば加害行為に及ぶ可能性減るでしょうし、可能性が残れば「いい方に変わっていく可能性」だってある。子どもの進学にしても然り。就職に至る道程が広がればいいとは思えませんか。加えて言えば、社会の発展はついていけない人にとって苦痛だし、ついていこうとして傷を負う人だってすくなくない。そんときにカバーできる仕組みもなく「壊れたら捨てろ」では話になんねえ■■■■■!、としか語りようがありません。
他人に助けられること自体を「ズルい」としか見られない社会では窮地に至った人の救われる道は限りなく狭まってしまいます。深いところから「何でこういう道になってしまったか」掘り返して対応策を考える必要ありそうです。おつきあいいただきありがとうございました。