つなげ“希”動力-人生記録員、伊東勉のページ。

17年9月移籍、社会活動中心の記事を記していきます。

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選挙そのものまで舐めないで−福岡市長選の一部論壇を見て。

 体調不良長引いて、記事書けない日も増えています。読まれる方も多くはない拙稿ですがどうかご容赦を。表題に記した通り、福岡市長選挙で記されている「論壇」から記述起こします。

 今回福岡市長選挙は現職の高島市長に、共産党推薦のかみや候補が立候補してたたかう図式になっています。現職対共産党(あるいは「多数者」対共産党)という図式になると『もう勝負は決まっている』からはじまって、公約を共産党など側から出しているという理由だけで『実現性がない』。選挙前に政治活動−選挙活動でないのに留意−しているのを『選挙違反だ』、更に選挙に打って出ること自体を『反対票の確認』『税金の無駄』と。

 かみや氏を最推薦としている身としても面白くはありませんが、それ以上に大きい権限を持つ市長職−これをも「〜があるから大したことない」いう人がいますがそれは違う−に対して、選挙という機会を通じて自分がどう見られているかを突きつける機会を虚仮にされるのがどうにも我慢なりませんで。

 本来なら、日々の中でそういう緊張関係が構築されるべきものですが、その発露の機会の最大のものすらスルーしてしまうと※、それで通過した人は勘違い起こしやすくなります。

※2015年岩手県知事選のように双勢力がその発露・鞘の当て合いをしての結果で片方が立候補を断念したという構図は別(当選者に対する緊張関係は維持される)。

 かみや候補側は積極的に有権者に打って出ていますし、報道も意識ある所はそれなりに特集も組んでいます。「有権者は政治をチェックしている」というのを当事者に感じていただくためにも、投票には行っていただきたいですし、市民生活から市政を充実させるという意味でかみや候補の訴えは聞いて参考にしていただければと願い項を終わります。

アメリカの山火事。国富向けてでも解決を/入管法利用したニート・ひきこもり叩き。「他者は奴隷としか考えられない」根性を超える。

 こんにちは。全体的に気温下がってきまして、冬支度そろそろ本格化しとかにゃあな、という季節になりました。皆様はいかがお過ごしですか。最近500〜1000文字で記述を済ますことが多い私ですが、それを更に細かくするようなことをしていきます。

1)アメリカの山火事、最近は多大な犠牲者が出ているという報道を耳にします。私の住む岩手県では1983年4月の数ヵ所同時山火事が記憶に。TBSラジオ「session−22」11月13日放送分の特集でも取り上げられていました。犠牲者が多くなっている状況あるなら、アメリカが持っている国富をその解消に持っていく必要ありと見ます。

2)入管法外国人労働者の話題から派生して「ひきこもり」「ニート」にも話が行っていますが、外国人労働者を拒否あるいは奴隷としか考えられない方は、上記に分類される方に対しても「ごくつぶし」だの「お前らのせいで突け入るスキ作らせている」などと罵倒します。

 大前提ひとつ。

 この「カテゴリ」の方々はあなた方の慰み者じゃない。ふざけるな(以下省略)ここ20数年の労働施策で長時間・過密・サービス労働・使い棄てリストラ…などでダメージを負い、労働の場に就けなくなった人も多いわけで、それに対するケアもくそも無しに「引きずり出せばどうにかなる」とか考えるな。

 「外国人労働者につらくあたる者は、自国の労働者にもつらくあたる」。この法案審議で感じた不安があたってしまいました。「奴隷呼び込み法」にさせないためにも、労働組合はじめ市井の場にいる人が頑張る番です。

 以上、2つ。昔は1000文字で少ないくらいで書いていましたが、身体同様「多い」のが応えるようになりました。今日もおつき合いいただきありがとうございました。

変調原因判明。まずアレルギーから落ち着かせます/TBSラジオ「session22」で弁護士懲戒請求問題放送。屁理屈はねつけて玩具化阻止を。

1)今晩は。ここ一ヶ月難儀している体調の件ですが、喉のアレルギーが反応→眠れなくて体力低下→風邪も呼び込む…という悪循環。とりあえずアレルギーから押さえていくことにしまして、ひとつましになれば他もとっかかりできるでしょ。

 てなわけで、10月当初に立てた予定は見事なまでに瓦解してしまいました。笑うしかねえ(泣)ビッグブルズは行く予定の日負けましたし。病院いけばん千円さようなら、と。なんともまずひどい月になりました。

2)12日のTBSラジオ・session22は「弁護士に対する(不当)懲戒請求」についての特集があり、金、佐々木両弁護士が出演していました。明日あたり余命と名乗る者が何かいいわけしてくるのでしょうが、法律はてめえのオモチャじゃないことには早く気づいていただきましょう。「在日通報」といい「外患誘致罪」といい、腹に据えかねているものありますので。

 今日は以上二編です。おつき合いいただきありがとうございました。

国会審議。「質問通告が…」がすっかり武器にされた感あり。「指さし」反応と併せて、もは議論なりたちませんかね。

 桜田五輪大臣が「通告あるのないの」で騒いでいて、すっかり「火」が広がってから謝罪めいたことをする。

 8日には複数の議員に対して「指をさすな」と述べたのが麻生大臣と安倍首相。あなた方はよくやっているように見えますが。

 「通告」利用した質問者叩きがすっかり当たり前に。通告だけではない。基本認識問えば「クイズ大会」、経験談をもとに質疑すれば「お涙ちょうだい」。Twitter時代にやりあったことがありますが、彼らは国会の審議を「各勢力の持ち寄りで仕上げるもの」と思っているようですが、実際は「提出された提案に対する質問」ぶつける場。「共産党支持のあんたも安倍さんに協力しろ」なんて言葉いくつか浴びましたが「?」としか思えませんでしたね。

 別なところでは「しっかりとした審議したければ辞書一冊分になっていいから通告出せ」などとも噛みつかれましたが「諸々の行為に対して知見あったから大臣なった/法律出したのと違うのか」と思うものです。

 「見えている部分」でやいのやいの言うのは結構ですが、議会とか、議案質疑とか、通告がなんのためにあるのかご認識の上での発言を願うものです。

2018伊東旅日記(3)−「奥会津」から鬼怒川沿いを降りて日光に。

 こんばんは。9月に行なった5泊5日の旅行リポート第3号です。第2号では深夜の国道121号線移動から早朝の会津田島、そして会津高原尾瀬口駅にたどり着くまでの道中をお伝えしました。今項では休憩後国道121号線を南下する様子を記していきます。

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 会津高原尾瀬口駅でまとまった休憩とって、更に南下始めます。道の駅・会津西街道たじまでは多くの出店が出ていましたが、それ以上に驚いたのが「個人商店」が多いこと。一部区間はさながら…「市日」を思わせる雰囲気を醸し出していました。

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 もうひとつ。国道121号線の県境付近は国道 号線、国道 号線の重複地域です。なので国道を示す標識も3つ並び、さながら「だんご3兄弟」的な感覚に。写真は道の駅会津西街道たじまで。

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 峠を越えて栃木県に突入したら道が一気にシビアになりました。道路の狭隘に加え、電柱の配置が。路側帯すぐにあったり、道路改良以前の道路が影響及ぼしていたり、とどめは自転車レースが行われていて…バテました。次の休憩ポイント『道の駅・湯西川温泉』に。

(道の駅・湯西川温泉写真故障中)

 西側に行けば温泉、南北間では峠登坂前後の要所にある道の駅。世間では三連休だけあって家族連れで賑わっていました。

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 近隣のダム湖を走る水上バスが丁度帰って来たところで子どもたちがきゃあきゃあ言っていたのが印象に。滅多見ない車ですからね。

(足湯はデータ故障中)

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 足湯にも浸かってきました。短区間ですが緊張状態続きましたからね。楽になりました。商店歩いて「おろ」と感じたのが「レモン牛乳」なる商品。岩手でも一部高速道路SA、あるいは北上市パルショッピングセンターの店舗で売っています。「飲み心地いい」(びーいとうさん:33歳男性)「ちと甘すぎるかな」(岩手県46歳男性)「おれ牛乳きらい」(岩手県78歳女性)「にゃー」(?歳・尻尾ぱたんぱたんネコ)

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 道の駅・湯西川温泉にはもうひとつ駅があります。野岩鉄道湯西川温泉。この駅はなんと地下駅。荒天とはいえまだまだ暑かった時期でしたが、駅の構内は実にひんやりとしていました。駅のホームから見える湯西川陸橋は変わった製法でつくられた橋です(耐候性鋼材。リンク→耐候性鋼 - Wikipedia)。奥会津地域観光を成り立たせている路線の工夫を見た思いです。

鬼怒川温泉一故障中)

 この日は足尾に入る予定でいたので、鬼怒川温泉にあるストアーで昼食とった後は、移動に専念しました。別に中学時代修学旅行で騒ぎすぎて正座させられたことを思い出すとしんどいからではありません(笑)

  第3号の締めは…野岩鉄道上三依塩原温泉口にあった顔抜き看板に写り込む分身したバカの写真です(なんでこれは故障しなかった)。実際に分身の術使えるわけでないので当然合成。乗りたいと思わんわ。野岩・会津鉄道ファンの皆様、大変お見苦しいものをお見せしました。

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 第4号は足尾町を歩いた様子をレポートします。お付きあいいただきありがとうございました。

2018伊東旅日記(2)−米沢から日光「奥会津」を歩き、会津・野岩鉄道分岐点まで。

《おことわり》写真データー破損、さらにPCの故障のために掲載を考えていた写真の一部が使えない状態になっています。不完全な記事になることをご容赦ください。

 こんばんは。9月に行なった5泊5日の旅行リポート第2号です。第1号では米沢球場にたどり着くまでの道中をお伝えしましたが、今項では米沢→山形と回って注目3試合を見た後、栃木県日光市を目指しててこてこと車を走らせ…ようとしましたが、日程厳しくて5時間爆睡。

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 元々移動は夜中に行う気でいましたが、荒天もあって知らず知らずのうちに体力を消耗させられていました。一部には「酷道」とも言われていた121号線でしたが、山形・福島県境の大峠道路など改良もされています。ほんで国道121号線を南下する模様を写真つきで説明していきます。

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 →仮眠から覚めた後、山形県内は雨中の中の走行。大峠を越えたあたりから雨は止み、改良された道路を使って喜多方、会津若松を通過しました。

 →会津若松から南下すると芦ノ牧温泉街を通過。ここからは道も厳しくなっていきます。この地域ではガソリン160円/Lで「高いなあ」思いましたが、1ヶ月経たん内にこの価格が当たり前になろうとは…。この間に下郷町を通過。「昼通ればどんな町の様子なのか」という未練もありながら南下を続けました。

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会津若松から一通り通過し、一呼吸ついたセブンイレブンで目にした酪王牛乳は、かつて故郷大船渡にあった大船渡牛乳のパッケージ(ミルククラウン)とほぼ同じなのに驚いて買って飲みました。中々以上にコクがあって美味しかったです。

(踏切の標識 故障中)

→奥会津地域が豪雪地帯なのを示すひとこまがこの踏切です。通常の遮断機に加え大きい看板。南会津・田島町の中心街で人通りも多いところ、ということでこのような踏切になっているのだと思われます。

会津田島駅写真故障中)

 南会津町・田島の中心にある会津田島駅。5時過ぎには一番電車が出発するので、早々と駅舎は開いていました。入場券を買ってその光景を。駅舎の中には日本酒の自動販売機もありました。当然ドライバーは飲んでだめですよ。

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 会津田島駅を辞して、やや西側にある南会津野球場に。この球場はBCリーグ・福島ホープスが公式戦を行う会場のひとつです。球場外には冬でも野球の練習ができるように改造された建物も。不思議な建物がありますが、ブルペンでした。

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 田島から南下し一路栃木県―に行く前に、少し寄り道して会津高原尾瀬口駅に。この駅は日光⇔会津若松を結ぶ鉄路会社の分岐点。福島県内は「会津鉄道会津線」、栃木県内は「野岩鉄道会津鬼怒川線」として運営されています。駅舎は商店、食堂の入った総合施設から上って行きます。

 で、駅舎ですが早朝だけあってがらんどうです。尾瀬への最寄り駅(尾瀬入口までバスで2時間かかろうが最寄り駅)だけあって案内板の言語が英語、ハングル、中国漢字体、アラビア語、日本語とありました。

 早朝だから静かですが、混むときは凄ましいんでしょうね。

 会津高原尾瀬口駅でまとまった休憩とりまして、更に南下始める様子は第3号で触れていきます。

「自殺」をも笑いのネタ…更に超えて「攻撃材料」として扱う、の図に強い憤り。袋小路にして全否定かませば人間殺せる、というのは知っていただきたい。

 6日分の記事はお題を2つにして書くことは決めていましたが、当初は「定例」と化してしまった「議会での質問通告」を書こうと思いました。ほんだども見過ごせない記述を見かけましたので、そっちを書きます。

 ある分野において「子どもの描き方」に異議をとなえたフェミニストに対し、その作品のファンが批判−というには行き過ぎの行為−を集中させるばかりか、当人のSNSアカウントを破壊、更に身元を暴こうとし、「当人の自殺」が伝えられるや一気に喝采を浴びせるなどの行為に出ています。

 実名と、ある程度の素性さらしてSNSやっている身として、足りない脳みそなりに考えているのは「実際に語れないようなことは言わない」。「(無礼者が相手とはいえ)Twitterの暴れぶりを見たが実際に言うのか」と言われそうですが、実際にそういう口たたかれたら言いますね。ただ、それ以上は言わない。自分の責任持てる範囲だけで相対する。

 だども、「相手は攻撃できるが自分は食らわなくてもいい」匿名の状態になると、気が大きくなりますか。反動を考えずボコボコにすることができると思い込む。そんなんふうに追い込まれた人間がそのうっ積をどう処分するか。うまく処分できなかったら、自分か他人、どっちかに対する攻撃性として現れることはあり得ます。イコールで言えば、自殺は有り得るものです。「嘘かもしれないだろあーはー」などと言いたいのでしょうが、実際に経験した人間いるんですよ。

 俺だ。

 SNSでのイザコザが糸を引き、上から下から左右前後…「逃げ場のない鳥かご」に入れられたような感覚になり、それが頂点に達したときに「自殺でこの場から離脱する」という思いにスイッチが入りまして、それが収まるまでの間もしんどかったですし、それを脱した後も「蛇口をねじ切った」ような状態になって精神的に、また極限の状態を長く続けたことで身体に影響が及び、09年の心筋梗塞・破綻に至ってしまいました。

 そこから「多少マシ」な状態にするだけでも10年かかりましたよ。10年。自殺はとどまったけど、代償は受けた。そんな経験を持つ私では不足ですかね。「SNSでは人殺さない」のが違う、ということに。

 A氏が実際にどうなっているかはわかりませんが、絶対的な存在の消去に喝采を送る行為は大概にしていただきたい。嫌いでいいから節度は持って。

 きれい事?

 そんなものじゃない。「自分に向けられる刃(=敵)を減らすための行為」です。ほんで失礼します。

竹田恒泰氏の慰安婦に対する侮辱行為と、それをもネタにして虐めをエスカレートさせる面々。社会を破壊しているのはどなたか。

 2ヶ月ほど前でしょうか。従軍慰安婦の慰霊像に対し蹴りつけている様子をネットにあげて意気揚々としている写真を見ましたが、今度は「鼻クソ」「握りっ屁」をかましたと主張する方まで現れたそうで。ここまで来ると、各々の意見の正否なんかでなく、ただの虐めでしかないとしか思いません。

 90年代半ばに表れた日本の戦時加害行為否定論ですか。「自虐史論」とか言って。ずいぶん身勝手な言い分だな、と思いましたが、あれがまだマシに見えるほど、今の社会は壊れてしまったのでしょうか。議論でも何でもない、立ち位置の強さにまかせた暴力。

 虐めはその行為が下衆的になるほど、相手を痛めつけられて自分が優位に立てる、と思える構造があるようです。それが故にタガが外れ、反撃もしてこなければ過激化する。私が「キチガイ」言われても反撃したのは「黙っていたらなぶり殺される」のを経験上知っていましたので。

 アメリカや日本、最近ではブラジルもそーいう牽強主義者が巾を利かせ、権力を握るに至っています。「権力様・多数者様の庇護を受けて暴力を振るう」行為はさぞかし楽でしょう。楽しいでしょう。しかし、その毒は間違いなく社会を壊します。自分の行動、常にとは言いませんが省みることをお奨めします。

2018伊東旅日記(1) 初走破、宮城県七ヶ宿町と山形県高畠町。

《おことわり》写真データー破損、さらにPCの故障のために掲載を考えていた写真の一部が使えない状態になっています。不完全な記事になることをご容赦ください。

 こんばんは。9月に5泊5日の旅行に行ってきましたが、そのリポートを忘れてしまっていました。最近用事しといてからそのリポートを忘れるのが悪いくせになってます。反省。

 そんなわけで、何回かに分けて記事を記していきます。今回は「初日・七ヶ宿町→高畠町→米沢」までの道中を紹介します。いつも関東に行く際は国道4号線を使って移動しますが、「たまには違うルート通りたい」という思いに駆られ、国道121号線から違う道通って行こうかと思い、丁度全日本軟式野球大会もあったので、それに寄ることも加味して移動しました。尚、全日本軟式野球大会については別カテゴリーのブログに記載する予定ですのでどうぞお楽しみください。

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 金曜日夜に出発。土曜日朝までには白石市まで降りてきました。ここまではいつも通り。しかし、今回は今まで未踏の箇所だった七ヶ宿町を通ります。地図で見た限りでは「大きい湖がある」「東西に伸びている街」というイメージでしたが、それ以上に「奥行きのある街」だ、というのが通ってみての感想でした。

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→まだ白石市内ですが、国道113号線に入ってからしばらく経つとこの渓谷に入り込みます。道中に安全祈願の像がひとつ、道路工事中の崖崩れで7人がなくなった事故の慰霊碑がひとつあり、それぞれに手を合わせてきました。

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 →七ヶ宿の入口はこのダムから。朝早くでしたが以外と車の往き来が多かったのにビックリしました。ま、三連休の初日でしたからね。

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 →ダムから西側にだーっと移動、ダム湖の西端に道の駅七ヶ宿があります。同じ敷地内に町営のグラウンドが、近隣には西山学院高校や老人ホームがあります。

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 →消防署、役場、銀行など七ヶ宿町の行政機能が集まっている箇所です。近くには共産党の事務所もあり、9月に行われた町議選では吉田修さんが92票を得て当選しています。さすがに朝早すぎて事務所が空いていませんでした。

 七ヶ宿はかつて宿街として栄えていた街で、いまは宮城⇔山形の往来は山形道に変わったので人口は宮城県自治体で一番少ない箇所に。それでも中心の関地区以外も滑津、峠田、湯原と各々の集落には生活が営める光景が残っているように見えました。

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 →そんな七ヶ宿町唯一のコンビニですが、なんとファミリーマートとCOOPとの共同店舗。こういう形式は始まったばかりといいます。

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 →七ヶ宿の街中にいたときはまだ曇天模様でしたが、山形県境に近づくにつれ霧雨模様に。山を越えたあたりは視界不良。道の駅高畠についたときは完全に消耗してしまい道の駅で休憩。近くにあった五重塔に驚き。

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 道の駅高畠から南側に向かい、高畠町野球場に。2003年には都市対抗野球東北予選で使用された球場で、太平洋セメント野球部最後の公式戦会場でした。この球場も全日本軟式野球大会会場で、東京・品川リフラクトリーズ−岐阜信金の試合が行われていました。

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 高畠町から目的地の米沢球場に移動しましたが、移動中に雨は激しくなりまして、田んぼの中で野球をやっている状態に陥りました。ここから野球の記事は別ブログでの記述になります。今項旅日記(2)は野球の試合後、国道121号線を南下する模様をお伝えします。

9月の米沢→会津→足尾→所沢旅行の記事をアップします/写真データの故障に難儀。

 おはようございます。最近遅筆甚だしい私の記事製作ですが、9月の旅行に関しての報告記事が半分できましたので、「七ヶ宿編」「会津街道編」「湯西川温泉編」の3編が完成しましたので、明後日までに順次アップします。

 ただし…今回は写真データの破損という事態が起きてしまい、更に復活させていたデータが開けられなくなるという事態に。このときに行った野球の写真もダメージを負っていて、記事製作に支障を来しています。ここまで困った事態になったのもデジカメで写真を撮るようになってはじめてなので、なんとか延焼しないようにはつとめます。