つなげ“希”動力-伊東勉のストラグル日記。

17年9月移籍、社会活動中心の記事を記していきます。

「人生50年/51周目」にたどり着く。50周目を振り返って。

1️⃣ ​近日、いくつか書き溜めていた記事をアップしました。とは言っても2、3記事しか上げられなかったのが今の私の現状を表しています。

 12月15日で人生50年を迎えることができました。

 当初の予定では「生まれる前に捨てられる」はずだったのですが、なぜか母がそれを頑強に拒否し、その結果として私が生を受けるに至ったのは折に触れて書いてきた話ですが、母のこの粘りには感謝しています。

2️⃣ 数年前に母がなくなる直前、「こういう厳しい時代に生まれさせてしまって申し訳ない」と話していました。たしかに生きていてしんどいことは多々ありますが、生まれてきたこと、生きていることそのものは、何も後悔することではないと考えています。

 ​その過程で抱えてしまった様々な病気に関しても、自分の歩んできた結果と受け止め、一定の自己責任を認識しています。それも含めての人生ですから。後悔はあっても「なかったこと」にしたいとは思いません。

3️⃣ ただ、社会活動という視点で見れば話は別です。

 自己責任論が蔓延して以来、日本社会は何でもかんでも個人の責任に帰結させてしまい、社会の空気が悪くなっていることに無自覚な人が多いと感じます。個人の頑張りは大事ですが、社会全体が歪んでしまえば、その努力は簡単に一蹴されうものです。

 ​富裕層や経済界が利益を独占するために労働者にしわ寄せを強いる施策を数十年続けた結果、行き過ぎた「自己責任」社会になったと言えるかもしれません。強者が金を儲けることを善とし、そのしわ寄せを受ける市民・労働者/生活者を「自己責任」と叩き伏せる。その繰り返しが今の生きづらい社会を生んでいます。

4️⃣ ​さらに、人権思想など社会発展を否定する「バックラッシュ」があらゆる面で巻き起こっています。人権を重視するニュースが流れればコメント欄にはアンチ的な意見がこれでもか、と叩きつけられる。これをどこかで断ち切らないと、最終的には市民生活が壊れます。だからこそ、社会主義的・共産主義的な考え方を日本社会から失わせてはいけないのです。

 ​SNSでは自民党ネトサポが野良・粗暴化した「声の大きな勢力」が異なる意見を消し去ろうとしていますが、現実の問題として苦しんでいる人がいる以上、諦めて塞ぎ込むわけにはいきません。私個人の時間がいつまで残されているか分かりませんが、その日まで、私はこのスタイルであがき続けます。

 最後に50年の月日の中で、私と時を共にした皆様に厚く御礼申し上げます。