ある一世代で強力に生じさせた“断層”が後々事業継承に響く場面はあったりします。ましてそれが後輩の側が少ない場面では、起きる齟齬によるショックなり感情を吸収できない状況になるから。それ故に先輩の側がより研ぎ澄まさなければならないものなんでしょうけどね。
私自身は体育会系の中で育ち、その耐性もありますが、それは人権意識の育った今の社会では邪魔になっている部分にもなっていると認識します。
そんだから「離脱します」の話を聞く度にやるせない思いを。まして「ひとりで闘いの先陣に立たせてしまった」後ろめたい思いもあったから尚更。だども、それは「事業全般の足を止める」ものにはしていけないもので、かつそれを敵対行為に使ってくるのであれば相応の態度をとるまでです。
新聞の大見出しに見るような問題以外にも、「社会を形成してきたもの」を投げ捨てる行為があちこちに。転換が必要です。
