戸田市議選の政治宣伝の一件、「ヘイト・憎悪拡散」行為を許すのかどうか、を判断基準にして話かたりしてきました。その中でヘイト・憎悪拡散行為に抗った人を蔑ろにする言動をした方には強い批判が寄せられることに。拙稿では「正直、認識があまり進んでいない」と思い、あえて触れませんでしたが「その位置にいる人がそれはないだろう」と幻滅もしました。
そこに「組織内のハラスメント行為で被害者になった人」が、いま批判の対象になっている人がヘイトや誹謗中傷されている、として、批判者を咎める記述をしました。
幻滅する案件、あまり増えてほしくないのですが。
ある件では被害者の位置にいても、関心が高まっていない問題については加害行為に出てしまう。
「ヘイト・憎悪拡散行為の対応より選挙を優先しろ」を認めたら「共産党は組織防衛のためにマイノリティを見殺しにする」組織だと思われる。根幹となる思考をそんなんにしていいのか、という部分でどうしても激しいやり取りになるのはやむを得ないのでは。
私自身が“体育会系”の中にいた人間であり、ガラっぽい人間関係の中にいた経験もあるので「これだけで~」と思う部分はあります。それではいまの社会ついていけない、と注意し直している所ではありますが、それでも飲めないものもある。
共産党を「ヘイト・憎悪拡散行為と闘えない」存在にしたら在る意味ないでしょ。この議論では上記部分を優先しますし、それを「ハラスメント」として止めようとするならそれも厳しい批判対象にします。
