
先週半ばまで激しく書いてきたことをトーンダウンせざるを得なかったのは…単純に「俺の体が持たない」につきます。簡単に死んでいられない事情もありまして、あまり無理はできないというのも行動指針です。
とはいえ、前回記事でも書いたように「収まらないもの」は残っていて。
蕨・戸田地区委員会は悩んだ結果ああいう意思表示をしたものと思われます。ただ、それで完結とするんじゃなく、よりベストなやり方をに持っていく経過となれば。実行する現場の人たちが大変だっていうのもわかる。自分ところでああいうのが来たらどう対応しようかってのは実務で悩むでしょう。それこそ多くの人の知恵なりなんなり借りればにいいのでしょうが、不安も感じているところです。
それでも。
踏ん張んなきゃならない局面はあるんですよ。
「自分たちが避けてしまったら、その後ろにいる人たちが殺されてしまう」っていう局面では踏ん張らなきゃなんないんじゃないんですか。それ以前にどうにかできればよかったんですが、社会の流れがそういう「誰かを貶めて悦びを覚えてしまう」ものになってしまってる以上「流れだから仕方がねえ 殺されろよ」てわけに行かないじゃない。
だからこそ模索をやめないでいただきたい。
そこに障る一言が。
カウンターなり現場で意思表示する行為そのものを「面倒ごとになるから」と嫌って、「ヘイトに対する勝利は共産党議員の当選だ」(文頭スクショ)と言ってくれた方が。
議員は当選するだけじゃだめなんで。そしたら河合ゆうすけが5000何票もとったから後は言うがままになるのかって言ったら違うでしょ。当選した後の行動こそ問われるわけです。行動、姿勢、発言と。このところを見ずに「当選すればいい」だけってのは。
当選しなきゃ議員として活動ができないから必死になるのはその通りにせよ、だからと言って選挙活動を中に起こるヘイト行為見逃していいわけじゃないですよね。この10年来、選挙活動をヘイト拡散なり“商売”に使う連中が多くなりましたので、態度をどうするかは考えなければならないでしょう。何も暴力ふるえ言ってるわけじゃないし。断固とした姿勢を示すだけでもいい。段取り・枠組みを作っていくってことに力向けたい。
そんで…いわゆる“こん連”とカテゴリされている方々。彼の人らは「共産党を殴る材料になるんだったら」てことでこの問題を利用しているわけでしょ、基本。だからおためごかしの話かたりにしかならない。ヘイト問題、行動に対する指針作る議論に必要であればその中で静かにやればいい。
私個人としては意思は発する他にことを荒立てようとまでは考えませんが、ヘイトスピーチ・ヘイトクライムなど悪意をぶつけられる人がいるわけで、その人たちに害が向くのを止められなければ共産党の存在する意味ないでしょう。この部分についてはエントリを改めて記します。
