長い間攻撃されてきた人は、少なからず何らかのダメージを抱えてるもので、議論を「私怨を晴らしたい」がために使い、攻撃する図式を敷かれる場面も。
ここ数回触れてきた河合ゆうすけ案件。本来であればヘイト・憎悪拡散勢力に対して闘う姿が求められる局面ですが、そことは違う「余計な仕事を増やしやがって」的なベクトルを持ってきて“私怨”に使われてしまう場面も出てきてます。
河合のヘイト・憎悪拡散行動の場にいた共産党戸田市委員会の方々を使って、共産党を嫌う方々が「面倒ごとが起きたのは共産党中央のせい」という図式に持って行き攻撃させようという姿が見えるように。
月曜日になって「戸田市議の友人(離党した蕨市議)」や県内の別自治体の議員から「戸田市議を守れ」「小池晃書記局長は間違い」の意見が出てくるように。「面倒ごと増える」局面はあるのでしょうが持ち込んだのは河合でしょ。河合と闘わず「面倒ごと嫌だ」からって矛先を共産党に向けるとは…何か主客転倒してないか。
あまり使いたくない単語ですが、小市民的な思考回路じゃないですか、それ。それに対ヘイトで河合を批判している人が共産党戸田市委員会を責めました?それこそ河合一派や反共産党に身を置いた人たちの主張にしかすぎない。
この問題を利用して「横暴な中央」と「可哀想な地方組織という図式」に仕立てて共産党攻撃したいだけの両派に乗せられてどうすんだ、と。再考を求めます。
