つなげ“希”動力-人生記録員、伊東勉のページ。

17年9月移籍、社会活動中心の記事を記していきます。

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京都府知事選挙。議論越えての「正当化論」に鼻白むもの/多数・強者がその逆を押さえつける構図。

 今晩は。今日は長くずらずら書いていますが、実際のテーマは2つです。お付き合いよろしくお願いします、

京都府知事選挙。昨晩は抑制的に記しましたが、一部の立憲民主党支持者が態度を硬化させるだけでなく、反共右派と同じ語り口で攻撃をしかけているのには閉口。「弁護士」だからと叩き、選挙活動と政治活動の区別もつかず「違反」呼ばわり。自身を崩さず、徹底的にやりあうしかありませんか。

 同時に気をつけること。89年に千葉県知事選で共産推薦候補が肉薄、参院大阪補選で吉井さんが当選。しかし6月に中国で起きた天安門事件を利用した反共攻撃に叩きのめされる事態に。当時より敵対勢力の「モラル的障壁」は薄くなっているので要警戒ですね。

−時間置き、深夜−

共産党は候補をたてるな。野党第一党の●●を●●●●…。昨今の共闘の発展はそれを乗り越えた所から来ているのですが、京都府知事選挙を受けてなお「共産党は候補たてるな」の声。「力関係」「現実性」云々。だから「お前らは黙って人夫と金と票を差し出して大人しくすっ込んでいろ」…そんなのずっと言われ続けていましたからね。最近は「それではだめだ」となって、先のような語りは押さえられるようになりましたが、あっさり心底出されますと笑ってばかりいられません。

「他野党が立候補者を出し、共産党はそれに人と金と票をこっそり、しかし満タンに出せ。当選した旨味は俺たちが吸う。与党面してしゃしゃり出るな!」

 ―てな思考回路がまだ通用すると思ったら「何か認識違えていませんか」と申し上げておきます。京都にしても何もしなかったら無投票。もうね、歳が歳なのと、これ以上寿命縮めたくないから抑えた書き方にしますが、ほんに「根っこ」は変わらない箇所もあるな、と。

◇いわゆる「右傾化」が社会包みすぎて。ここ何日か、ある歌手の歌をめぐる話を聞いていても「多数派の抑圧」を感じる事態が見えまして。「素朴な愛国心を唱っているだけだ」―が、塊になってそれと相容れられない人への攻撃性になる。少数派から多数派への「攻撃」は、力も強くないし逃げる場所もありますが、多数派から少数派への「攻撃」は強烈な力が加わるあげくに逃げ場もないという特徴があります。

 国会質疑。前年夏の東京都議選で安倍首相に対して放たれた怒りの声を「こんな人」呼ばわりで返したのは記憶に新しいところですが、答弁では「選挙違反」とも。

 ではなぜ告発しないのか。

 #kokkai付支持者は行儀の悪さを語るが「どっちがだ」しか思えない。安倍首相やその周辺が好んで使う戦術が「敵対勢力を沈黙させる(トーンポリシング)」こと。

 他に入ってきた報道でもこの観点で障るものが。下関市教育委員会が前川喜平氏も講師をする行事後援をやめた、との報。近年この手の後援拒否によるイメージダウン手法が多くなっている。後援中止を決めた行事は「安倍政権のやり方に従わない」ものばかり。いわゆる忖度言われても仕方ないね、と呆れ続けていた。行事はできる、と思っていたから。

 しかし、最近は行事そのものの開催にも障るようになってきた。開催した行事に介入して中止させたこともあった。もっとひどいのは、平和反戦をテーマとした行事に「後援中止」をするばかりか、後援中止を理由として会場使用も拒否したケースも。猛抗議の末ようやく会場使用許可が降りたのが「行事開催が物理的に不可能になった後」。ここまで来ると嫌がらせ以外なんととらえればいいのでしょう。

 

 後援中止

  ↓

 「でも行事やれるだろ」

  ↓

 後援中止を理由に公的施設も使えない(順番後回し)

  ↓

 「じゃあ民間施設使えば」

  ↓

 「会場利用で安全確保が云々」(日教組で実際にやられた)

  ↓

 結果として「行事開催断念」

 ―こういうのも有りうるのですよ。いまの日本社会ではね!

◇国旗国歌。元々はそんな激しい批判派に立たないできましたが、それを使っての踏み絵に使いたがる支配者とその付随者のおかげで十二分に嫌悪感抱くようになりましたよ。申し訳ありませんが、私は日の丸君が代を振りかざし、不従者を蹴りつける側にはなれない。

◇とりあえず、目の当たりにした「服従要求」のあれこれを記載して…どっちにしても対等な人間関係でないモノの見方、人の付き合い方。別なところでは「人間はリソースが限られている。疲れる抵抗より、楽な服従がいいんだ」てな意見も。人並みの仕事できん俺には間違いとは言えませんが、一考はほしい。気づいた人が行動できているのはいいとして、先発の人がずっと同じテンションでだけでたたかえない。国のトップが非従者を「あんな者」と言い、孤立化させてしまったら「気づいたときに切り替える場」すらなくなってしまう。気を遣わなければならない箇所は多いが、逃げていられない。

 右往左往しながらでしたが、強度を増す愛国思考の同調圧力と、それと抗う道をテーマ(後付け)に記述しました。お付き合いいただきありがとうございました。