つなげ“希”動力-人生記録員、伊東勉のページ。

17年9月移籍、社会活動中心の記事を記していきます。

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いじめっこ文化と浮き足だったイケイケ主義からの脱却を−いくつか見た正月の光景から。

 1月4日。いよいよ年明け本格化、というやつで各所で年頭の動きが見えました。共産党も旗開き。PCで見よう思ったら接続悪くて断念。明日新聞の文字になってから見ることにします。

 年末年始、ボケらと過ごしていまして、読みきれていなかった新聞読んでいました。年末年始の特番ですか。例年決まったものしか見なくなりましたね。駅伝はラジオで聴いていましたし、あとは笑点、相棒、VS嵐、スポーツ関連の特番程度。ライスボウルはまだ見ていません。

 そんな中、暴力、排外主義的なシーンが入った番組が話題に。「ブラックフェイス」「私生活で様々あったタレントにキック」―ずっとこの手の表現に慣れた方にとっては何ともないのでしょうが、それを一般的にしたら暴力であり、侮蔑行為。ところが、疑問の意を表せば正当化の論をこれでもか、と浴びせられるのは何なんでしょうね。

 テレビバラエティでは「虐め行為」があることが当たり前、という光景を見かけます。それが「楽しむためのノリ」であって、それに水差す行為をすれば「ノリわりーな(悪いな)」とされる。本人にしてみたらどうか。逃げ場失わせて贄にする行為に釈然としない思いが。いじめっこは得てして強きものに着きやすい。その位置から落ちたくないから、と取って付ける言い分で、余計に対象者を蹴りつける。あとは延々と「強者の庇護下においてどれだけ玩び続けられるか」。腐れた享楽と苛政が結びついているのがね、どうにもかなわない…。

 もうひとつ、たまったもんじゃないなと思うのが「強者による影響力大きい人の囲い込み」。先に述べた行為をした番組の主軸が現権力者とお近づきになっていた、というのが引っ掛かるし、更に言えば今日の箱根駅伝の記事でも優勝チーム監督の行動に「ん」と思うものが。

 優勝チーム監督が政権党大会に出席したことがチーム内でも波紋を読んだ、との記事。リアルタイムでその報に接したとき「これでチームごたくさならなければいいが」と思いましたがやはりそうなっていたか、と。そこで壊れなかったのはさすが、と思いましたが引っ掛かりも。

 「成功者への称賛」。まあ普通にあるのでしょう。

 ただね、懸念材料も。

 「頑張る力が足りない者」への攻撃材料にされること。往々にして配慮のないプラス思考がそういった方々に対して刃になることがあるから。大震災のキズから立ち直ろうと“何かし続ける”と考えがちになることが、妙なイケイケ主義に結び付かなければいいが、と懸念していましたが、それが「達成者への過剰な称賛」と「できない者への強烈な叩き具合」という形で現実になりつつあるのに愕然とします。

 「強者による強者の囲い込み」が、あるひとつの路線以外日本社会に存在を許されないという思考を広げる材料にされるのはごめん被りたい。その道の進化が社会進歩の反動化につながるなら、それには抗い、違うやり方もあるというのを示さないと。苛政は逃げ場の無いところから襲いかかってきます。日本社会が持ってしまっている傾向が刃を突きつけるなら、それをはね除ける。それなしにはまともに生きられない。故に行動し続けますよ、と述べて項を終わります。