つなげ“希”動力-人生記録員、伊東勉のページ。

17年9月移籍、社会活動中心の記事を記していきます。

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至総選挙2017−戦争のやばづさを聞き、生きるために戦争に頼らん社会を作る。その力をつける政治戦に/「政局」ひとつ。

 今晩は。
 発信頻度がどーしても落ちるブログ。昔はしょこたんが一日数十回更新していたとか言われていたものですが、いまやTwitterなんてのがありますからねえ。ほんでもある程度まとまった記述はこっちしかできませんし。それなりの記述を進めていきます。

1.始まったら“市民は消耗品”-戦争の実態。

 北朝鮮の武威行為と、それを受けての日本の世論。ちょっとな、と思うのは「いつも日本が勝てる立ち位置にばかり居られるのか」ってこと。
 8月に安田菜津紀さんの話のなかで「戦争に突っ込まされてぶっ壊れる社会」の話を、また、今日(2日)矢巾行く中でご兄弟をシベリアでなくし、広島の原爆被害を見聞きした方の話を聞きましたが、そのいずれにも言えるのは「人間が粗末に扱われる様子」です。特に後者は犠牲になった人は文字通り「始末」されていたと。ひとりひとり尊厳を持って弔われず、穴に放り込まれる(シベリア)まとめて油かけて火葬される(広島)…。
 北朝鮮の武威挑発行為の時に、戦国時代アクションゲームを例にとって話したことありましたね。「所詮大方の人は、一撃でやっつけられるモブキャラクターの側だよ」と。自分等は殺される側にいるのに、なんで殺せる側にいるがごとく振る舞えるか。

2.始まったら「消耗させられるリソース」-物語とは違う実際

 三国志なんかを、人間の生きざまのみで見れば読み物としては面白いのでしょうが、結局のところはその前の秦時代の強権独裁から、各個勢力の争いで著しく国力を落とした、という話でしょうよ。各々の先陣に立つ人でなく、“モブキャラクター”側から見たらしんどい時代でしょうに。
 戦争は優位・劣位を露にするものだからその手段をとりたい、と思いがちになりますが、戦争起こした結果は大体どこも疲弊して、犠牲者出して、そのあとの暮らしを成り難くする、と。しかも最近は武器の威力も上がってますし、戦場の前線にいない者も「後援」と殺される。

3.歴史経験積んで生まれた戦争違法化、そして不戦9条。

 憲法9条を「きれーごとのへーわしゅぎ」と見下す人も多くなりましたが、きれーごとなんてぬるいものじゃない、自分等は市井の市民が普通に暮らすためにはどうしても必要な“不戦”…言い替えれば「戦争非活用」。それを時々の政権に命ずるものが9条の存在です。
 18世紀頃までは戦争するのも「各々の国の権利」でした。そっから市民の権利向上と併せて、為政者が戦争に踏み出し、市民を勝手に使い、社会を消耗させる戦争の違法化が進みいまに至ります。

4.首脳のわがままを解き、敵対せんでもいい社会に。

 北東アジア地域は主要4国がいずれも牽強的な首脳による市民負担増加政治が続き、不満そらす手段に近隣国憎悪をあおる手段を使ってきました。韓国では最近その道進めた政権を打ち倒すことに成功。日本でも市民サイドによる運動で牽強社会を変えて、生きやすい社会を形成したいものです。
 今日のSNS記述は以上にしよう思ったら「立憲民主党」結成開始→希望勢力による妨害。汚ない手はどんどん使ってくるでしょう。自分から使おうとは思いませんが、そういうものでもあるのは認識。対抗手段ですか。そんなものに力与えないことです。
 今日もお付き合いいただきありがとうございました。