つなげ“希”動力-人生記録員、伊東勉のページ。

17年9月移籍、社会活動中心の記事を記していきます。

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1997杉並の夏・8

 それにしても・東京の住宅事情はいいとは言えない。特に生活弱者にはキツイかな…。団地の五階から「私は70キロだよ。悪いね」という年輩の女性をおぶって来たときはさすがに見えないところで腰を押さえていました。先の一言で救われましたが。家主さん(杉並区)、頼むから気遣って一階にしてくださいよ。エレベーターつけられないんだったら、せめてね。この人外出できんわ…などとボヤきながらも、数人の足になり、気が付いてみたら、日がくれていました。8時になり、投票終了!あとはテレビ東京の特番で結果を知るのみ。手応えはあるんだ…猛暑の中歩いた4日間。報われたい…。

20:40。まだ共産党候補の当確は出ない。

20:50。自民党2人、公明党民主党の当確は出た。あと二人。吉田さんか、ネットか、ネット分派か、まさかの中核派か。一度「通常ニュース」で速報が切れる。

21:00。その時は来た!
 「杉並区当確です。吉田信夫。共産新…。」
 その瞬間、集まっていた支持者の感情大爆発!

 「やった!とったぞ!」
 「これで4年分の悔しさは晴らしたぞ!」

 4年前。当時の「日本新党ブーム」に、実績十分の現職が吹っ飛ばされ、候補者も変わるという苦難の中、それを乗り越えてのトップ当選でした。

 事務所近くの公衆電話。友人に電話しました。吉田さんに一票託したこと、そして、オレの頑張りもほめてもらいました。いやあそれ程でも、てな気分でしたが、良い事も悪い事もしっかり言ってくれるタクに評価してもらえた のが何より嬉しいことでした。とめどもない話をしばらくして、事務所に戻りました。

 「いま、吉田さん寄ったんだよ。さっきまで。いや、伊東君、残念だな。」

 何とまず間の悪い。そこへ阿佐ケ谷の責任者から「今から吉田事務所行くんだ。」ということで、それに便乗する形で私も同行しました。

 事務所に丁度戻ってきていた吉田さん。岩手から来てもらったことにお礼を言われ、恐縮。やはり各地を回らなければならず、話できたのは30秒もなかったのですが、この人を先頭にして、杉並の複雑な政治問題に立ち向かわなきゃなんないな、でも、この人たちなら頑張れるだろうという確信を得ました。いろんな特長を持つ議員団ですが「芸術の心を持った芯の強い」吉田さん。この人との出会いと杉並の人との共闘は忘れられないものとなりました。

 吉田事務所から帰ってきて。共産党の当選者数は20を越えていました。驚いたのは社民党の当選者が11から1に激減したことと、当時あった「二大勢力」の一つ、新進党が0になったことでした。

 深夜。選挙の結果が確定。
《党派別獲得議席
 ・自民党54
 ・共産党26
 ・公明党24
 ・民主党12
 ・ネット2
 ・社民党
 ・新進、太陽、新社会、中核派
 ・無所属8

《杉並区 定数6−立候補者12》
 当 吉田 信夫(共産)27966
 当 森田 安孝(公明)24540
 当 仁木清二郎(自民)18022
 当 田中  良(民主系無所属)17274
 当 野田 和男(自民)16692
 当 藤田 愛子(ネット)14555
   福士 敬子(市民) 12249
   長谷川英憲(中核) 6071
   堀部やすし(諸派) 4297
   緒方 則嘉(青年自由)2248
   増田卓二(元職無所属)1622
   井上 洋(無所属) 707

 かくして、目標をやりとげたという充実感を抱き、深夜の一時に床に就いたのでありました。(続)